悪夢のとき

Denial

キース・アブロウ / 二見書房 / 98/03/25

★★★★

感情移入できない男を主人公に据えた佳作

 著者は精神科医で、これは小説としてはデビュー作らしい。主人公はコカイン中毒の精神科医。裏表紙には、この作品を「激賞」している人物として、ジョナサン・ケラーマンとネルソン・デミルという危険な名前が挙がっているけれども、それほど心配する必要はない。この2人よりはずっとましです。

 主人公は自ら幼児虐待を受けた体験があり、危ういバランスを取りながら精神科医の仕事をしているというあたりの人物造型は、いってみれば流行だけれども、コカインに中毒しているところとか、ストリッパーに入れ込むところなどは、「感情移入できない主人公」のカテゴリに入る。いまのところ、このカテゴリの代表作は「心理探偵フリッツ」のシリーズとリンダ・ラ・プラントの一連の作品。これまでの普通のハードボイルド小説が、「いろいろ悪い面はあるけれども、実は優しい心を持っている」というセマンティクスに究極的には依存していたのに対し、その基盤を取っ払うという危険な道に挑戦している。まあ基本的には優しいんだけれども、行動に問題がありすぎて、「優しい心」ではそれをカバーできない、というか。

 この『悪夢のとき』の主人公は、途中でコカインをやめたりしてそこそこ善人になっちゃうが、最後の方の行動はかなり問題含み。実際、この物語のオチのつけかたはけっこう斬新で、この前に読んだ『有罪宣告』のケリの付け方と比べると優劣がはっきりとする。要するに、愛する人が狂っていて、罪を犯していたことがわかったときにどう対処するかという問題である。

 続編を書くときっと善人にならざるをえないだろうから不安だが、この著者にはいずれにせよ要注意。

1998/5/12

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