競争力

「Made in America」10年の検証と新たな課題

Productive Edge, The

リチャード・K・レスター / 生産性出版 / 00/02/25

★★★★★

しっかりとした本

 著者は80年代末に出版された『Made in America』の中心的なスタッフ。MIT産業パフォーマンス・センター所長。本書は、『Made in America』以降に急激に勢いを取り戻したアメリカ経済を、生産性の観点から再検証するという本である(日本語のタイトルは「競争力」だが、オリジナル・タイトルは"The Productive Edge")。

 原著が書かれたのは1998年なのだが、この2年間で事態はいろいろと変化している(たとえば、本書ではLevi Straussを高く評価しているが、いまはこれほど手放しでは賞讃できないだろう。昨年頃から、急速にダサいと見なされて売上が落ちてきたはず)。また、翻訳がかなり不安。この2点を除けば、本書は本格的な良書である。

 第I部では、マクロな立場から、生産性という概念の諸問題の概要を記している。1999年には、特に製造業のセクターでかなりの生産性の伸びが見られたようだが、いずれにしても生産性の伸びが高くないまま高度な成長が起こっているといういわゆる「生産性のパラドックス」は依然として難問である。

 第II部では、自動車、鉄鋼、半導体、電力、移動体通信の5つの産業を取り上げて、これらの分野でのアメリカ企業がどのように競争力を取り戻してきたかということを分析している。これらはいずれも生産性が向上した業種であるが、その理由はまちまちだ。そのことから、「生産性の向上」が1つの理由から生じるようなものではなく、複雑な現象であることがはっきりする。

 自動車産業については、大雑把にまとめれば、アメリカ企業が日本的なプロセスを取り入れることに成功し、そこに日本企業の経営悪化という追い風が吹いたということになるかと思う(まあ他にもいろいろと書いてあるが)。本書の他の部分にも散見される視点だが、80年代に強かった日本企業の国際競争力が90年代に入って低下したのは、必ずしも当時賛美されていた「日本型経営」の行き詰まりが原因ではなく、為替レートの変化とか、日本企業の資金コストの上昇などの外的要因が大きいと考えているようだ。つまり、ジャスト・イン・タイム方式、従業員参加型の製造プロセスなどは高く評価されている。90年代に入って成功したアメリカ企業は、そのようなアイデアをうまく取り入れたために成功することができたという視点がある。

 鉄鋼業については、技術革新によってミニミルが登場し、競争が激化したことによって産業全体が活性化した。ミニミルは新興企業としてのベンチャー精神にも満ちており、生産性がきわめて高い。ただし、この生産性の高さは規模の小ささに支えられている部分があるため、今後、大手企業と新興企業の境があいまいになっていくとどうなるかはわからない。

 半導体産業については、為替レートの変動によって日本企業に対する優位性が上昇した、あるいは政府の産業政策が後押ししたなどの要因もあるが、これらよりも業界内の要因が大きいとしている。とりわけ、垂直統合型企業の支配力が業界内要因で弱まったときに、小規模なチップ・メーカーが活発に活動できる環境があったことが大きい。

 電力産業は、ひとえに規制緩和による競争の激化。

 移動体通信産業は、グローバルに活躍しているモトローラの話であり、その再生とか発展の話も、どちらかといえばモトローラ固有のものだ。上の4つの産業とは異なり、巨大な成長のポテンシャルを持つマーケットに、どうやってうまく入り込むかという、ある意味ではごく普通の話ではある。

 第III部「ベストプラクティス再考」では、第II部の例を踏まえて、生産性を上げ、競争力を高めるためのベスト・プラクティスを抽出している。

 第8章「産業を変革する3つの力」では、「製品とサービスの区分が曖昧になってきている」と、「企業を取り巻く環境が不安定になってきている」という特徴を述べる。特に後者の不安定さは、規制緩和、技術革新、グローバル化の3つの要因から生じている。

 第9章「経営手法への熱中と流行」では、TQMとリエンジニアリングの2つを取り上げて、これらの手法が必ずしも望ましい効果を上げていないことを指摘している。

 第10章「従業員第一主義」では、第9章のリエンジニアリングにおいて従業員の役割が軽視されすぎていることを批判している。しかし、いまのアメリカ企業の隆盛に、雇用の流動化と、それに付随する低い人件費が大きく効いている以上、従業員を人的資源と見なして尊重するという態度にも限界がある。

 第11章「情報技術の本質的な活用」では、企業が情報技術をどのように取り入れるべきなのかということを、従業員の情報技術スキルという観点を絡めて論じている。

 この後にもいくつかの章があるけれども、省略。

 1980年代に「日本型経営」の多くの要素が高く評価されたことが、いまでは笑い話にしかならないように、本書に記されているようなベスト・プラクティスや成功要因も、いったん事情が変われば批判の対象になる可能性がある(すでに本書ではTQMやリエンジニアリングに対する過度な熱中を批判的に取り上げている)。しかし、個々の企業が成功するか失敗するかを左右する企業内要因よりも、企業が成功するために有効であると一般に考えられているプラクティスが、合成の誤謬により産業あるいは国全体に与える変化が、いったんアメリカ経済が収縮を始めたときに大きなネガティブなインパクトを与えることの方が重要であるように思う。日本の例でいえば、終身雇用という幻想がなくなったときに多くの人々が受けたはずのダメージみたいなものだ。

 水平・垂直の両方での所得の格差、従業員の流動性に伴う個々人の自尊心の崩壊(『それでも新資本主義についていくか』を参照)などはよく言われることだが、それよりももっと根本的なところ、たとえば能力主義や公平な競争といった今日では肯定的に理解されている観念が、いったん経済がまずくなったら、個人にとっての大きな重しとなるのではないかと心配する。能力主義や公平な競争が肯定的に理解されているのは、ひとえにパイ全体が大きくなっているから、そこそこうまくいくという楽観的な見通しが持てるからである。

2000/4/30

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