倫理21

柄谷行人 / 平凡社 / 00/02/23

★★★

ちょっと無理があるのでは

 帯には「初の書き下ろし評論」とあるが、その実は講演原稿に加筆修正したもの。カントなどをもとに「倫理」と「道徳」を区別し、戦争責任などの具体的な例に「倫理」を適用しようという内容。

 しかし私には、著者の思考は逆の道筋をたどったとしか思えないのである。つまり、まず最初に「批判したい対象」や「支持したい対象」があり、これに「共同体の道徳」以外の理由を見いだそうとして、「倫理」というキーワードを発見し、それを支持するような言葉をあちこちから探し集めたという経緯(まあこの手の評論は珍しくもないが、とりわけ有名なのは蓮實重彦で、あの人の場合は、大衆娯楽として見られていた西部劇や家族ドラマなどが好きな自分に困惑し、それを正当化するための屁理屈をいろいろと考えついたのだと思われる。その屁理屈を本気にしてしまった人はかなり多い)。

 以下、第十一章「死せる他者とわれわれの関係」(175ページ)より。

…カントの考えでは、法は道徳性の実現が困難であるからこそあるわけです。そして、国際法はその典型です。国家間の関係において、道徳性は最も困難です。主権国家は、それを超えるものをもたないことになっているから、それを規制するような法には承服しない。だから、国際法は、実際にはどこかの強国の「暴力」によってしか実現されない。そのために、それはそのような強国の利害に従属してしまいがちです。また、国際法は、相互に「主権国家」として承認される国家間の法です。たとえば、諸民族を植民地化する帝国主義は、国際法的に違法ではなかった。というのは、それらの諸民族は「国家」として認知されていなかったからです。
第二次世界大戦後、日本やドイツだけが戦争責任を問われたように見えます。しかし、とにもかくにも、戦争責任が法廷において裁かれたことは、それ自体画期的なことです。それが戦勝国によるものであろうと、その後戦勝国をも規制するものになるからです。それは、カント的にいえば、統整的理念が働くということです。だから、日本人が世界史に一つの位置を占めることができるとしたら、それはあくまで日本の戦争責任を明確にすること、さらに、それを普遍化することによってであるということができます。
具体的な例をあげましょう。たとえば、アメリカの広島・長崎への原爆投下は、明らかに国際法違反です。それが不問に付されたのに、なぜ日本の南京大虐殺が追及されるのか。そこから、東京裁判は戦勝国による一方的な裁判であるという反論が生じます。しかし、日本人がそのことをいえるのは、日本が国際法的な理念を追求するかぎりにおいてです。アメリカ国家は、戦時中、在米日本人を収容所に入れたことに関して謝罪と賠償をしましたが、これは国内問題です。原爆となると、ただちにその責任を逃れようとする。これは、日本人が南京大虐殺のことをいわれると、何やかやと弁解するのと同じです。そして、国内的には、あたかもそれが解決したかのような「公共的合意」が成立してしまう。しかし、こうした事実を消すことはできません。私は、いずれ、アメリカの原爆投下の「責任」が問われる時代が来ると思います。
さらにいうと、日本は朝鮮や台湾、満州などを植民地にし、また東アジア一帯を占領しました。しかし、かつての英仏などの植民地支配が許され、日本のような「後進」帝国主義国のそれが「侵略」として非難されるというのは、奇妙ではないか。実際、その通りです。私は、いずれ、西洋諸国の植民地主義の責任が問われる時代が来ると思います。しかし、それは日本を相対的に免罪することではないし、また、それは非西洋の諸国の人の怨恨や報復の問題でもない。世界史の新段階に入るためには、「国家」に基づいて行動してきた過去の人類史を反省しなければならず、そのとき、各国の人間は、それぞれの国家の行為を冷静に見つめなければならないからです。

 この中で、「しかし、日本人がそのことをいえるのは、日本が国際法的な理念を追求するかぎりにおいてです」といっている国際法的な理念が、「世界史の新段階」の中でどのような位置づけを与えられるのかが明確ではないし、「アメリカの原爆投下の「責任」」がどのような理念の下で問われるのかはわからない。実際、ここの部分の理屈は弱いし、その内容は古いタイプのリベラルのものに見える。そのことが、著者がこういうことを言いたいということを理屈に先行して思ったことの証拠になっているように、私には思えた。

 リベラル、ときには「空想的平和主義」と言われるような立場の人々には、説得力のある理屈がぜひとも必要である。本書はそのような試みの1つだが、いまさらカントをベースにした論法をアメリカ人が喜んで読むかとなるとはなはだ疑問だ。一番見込みのあるツールは、実はアニメ映画なのかもしれない。

2000/5/6

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