グローバル経済が世界を破壊する

Case against the Global Economy, The

ジェリー・マンダー、エドワード・ゴールドスミス編 / 朝日新聞社 / 00/04/10

★★★★

グローバル経済に対する強い反論

 アメリカの環境保護団体シエラ・クラブが出版したアンチ・グローバリズムの本。原書は43章から成るが、この訳書ではそのうちの13章のみを訳出し、2章を日本語版向けに追加している。1999年のシアトルのWTO閣僚会議の際に抗議行動をしていたタイプの人たちの主張がコンパクトにまとまっている。

 あの抗議行動の映像を見て、懐かしいと感じた人も少なくなかったのではないかと思う。不況下の日本では、あんなことを言っている余裕はないというのがだいたいの心情だろう。しかし冷静に考えると、南北問題を根に持つ、発展途上国における自然破壊や社会の仕組みの破壊は、グローバル経済の下で以前よりも悪化しており、現在のトレンドはそれを加速する向きに進んでいる。まあそういう警告を発する本である。

 「グローバル経済」を語るとき、多くの日本人は日本を「グローバル経済の相対的な後進国」として捉え、立場によって、キャッチアップを唱えるか、反動的な態度を取るかのどちらかをしているように思う。しかし、もちろん客観的に見れば、日本は全世界の中でグローバル経済の相対的な先進国であるし、今後もそのポジションは変わらないだろう。

 そういうわけで、ここしばらく頭の中からどうしても去らない懸念を書いておくことにする。それは、「第二次世界大戦の教訓を忘れるな」ということだ。

 戦後の日本人として、第二次世界大戦/太平洋戦争から得られる教訓はいろいろあると思うが、そのうちの最も重要なものの1つは、「梯子を外される危険がある」というものだと思う。具体的には植民地政策のことだ。もちろん戦後派のわれわれは民族自決の原則を刷り込まれているから、帝国主義的な植民地政策は本質的に悪いものであると考えている。私は、21世紀の中ごろまでには(もっと早いかもしれないが)、いまこれほどもてはやされているグローバル経済が、この植民地政策と同じほど悪いものとして認識されるようになっているんじゃないかと思う。そして、日本はそのトレンドにちょっと乗り遅れ、ヨーロッパとアメリカの経済が失速して、グローバル経済が悪であるという認識が広がったちょうどその頃に、キャッチアップに成功してしまうんじゃないか。

 本書で事細かに列挙されているように、グローバル経済の悪い面はすでによく知られていることであり、これは植民地政策が国際輿論のために不可能になった以降の、先進国資本による発展途上国の「開発」と、それに伴う南北問題の悪化を引き起こしていた構造的な問題がさらに加速化されている、というふうに理解することができる。そして経済のグローバル化の支持者たちは、南北問題を根本から解消することは不可能だとしても、非民主的な政権に利するだけの長期資金型の開発援助と比べると、経済のオープンネスを促進するいまのグローバル経済の方が、発展途上国の国民にとって相対的に有益であるという理屈を使っている。この理屈は、これらの国民がグローバル経済の恩恵を相対的に受けられなかったと感じたときに無効になるわけだが、それよりもファクターとして強く効くのは、グローバル経済にマネーが流れていくことに、先進諸国の国民が不満を抱くようになるということだ。その結果として、先進諸国の国民の間でグローバル経済に対して批判的な意識が広まり、その結果としてもう一度、グローバル経済を否定するような「民族自決」の論理が広まっていくだろう。決して逆の因果関係があるわけではない。つまり、「グローバル経済のせいで発展途上国が破壊されているから民族自決が大切だ」という流れではなく、「グローバル経済のせいで先進国の国民の生活が圧迫されるから、グローバル経済は悪である」という流れができ、その論理を正当化するための理屈の1つとして「民族自決」が使われるのである。

 日本人は、このような仕組みで生じる国際輿論の変化に気づくことができないままグローバル経済へのキャッチアップに全力を注ぎ、気づいてみたら国際輿論によって断罪されてしまった、という罠に陥る可能性がある。

2000/5/20

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