小数ができない大学生

国公立大学も学力崩壊

岡部恒治、戸瀬信之、西村和雄編 / 東洋経済新報社 / 2000/03/23

★★★

学力一般への言及

 『分数ができない大学生』の続篇。本書では、数学だけでなく他の分野での学力低下にも言及し、また自らの論を補強するために、さまざまな人々がメディアに発表してきた学力低下一般に関する文章を集めて収録し、学力低下を扱った教育学・社会学の分野での研究成果を引用している。その結果、本書は『分数ができない大学生』よりもバランスの取れた説得力のある本になっているという印象がある。

 で、どうなんだろうか。個人的には、そういう風に学力が全般的に低下してしまった世代は可哀想だと思うけれども、彼らを競争相手として見ると、こちらが相対的に優位に立つことができるのはありがたいのである。もちろん大上段に社会・経済を語るにあたっては、これから予想される国力の低下を嘆くのが妥当なんだろうが、それが致命的な影響を与え始める頃には、私はすでに死んでいるんじゃないかと思う。

 『日本の警察がダメになった50の事情』の項で述べたように、このような学力低下を嘆く風潮は、戦後のリベラリズムに対する反動である。このトレンドはたぶん今後しばらくは変わらず、公立学校で能力別教育が採用されたり、親の経済ステータスによって決定される学力格差が大きくなるなどして、「学力」を要因とした経済格差が拡大していくのだろう。日本の企業が国際競争力を高めるためには、学歴とか能力がないために所得が低い階層が必要である、という観念もその傾向の加速化に一役買うだろう。

 私は、日本という国がゆっくりと衰退していくというシナリオでも別にいいと思うのだが、大学教員はやっぱりエリート教育をしたがるものらしい。でも、「入るのは難しいが出るのはやさしい」と言われる大学教育の片棒を担いできたと思われるこの人たちには、学力低下の責任の一端が大学教育にもあるかもしれないという発想がまったくないようだ。順番にプロセスの上流に責任を負わせていくと、結局小学校の教育が悪いということになってしまうぞ。

 ちなみに、『恐るべきお子さま大学生たち』はアメリカのコミュニティ・カレッジにおける学力崩壊の様子を描いた本。ただしあまり良い本ではない。

2000/6/9

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