大学崩壊!

川成洋 / 宝島社 / 2000/06/24

★★★★

まあかなり切実な現場からの告発

 日本の大学の現状を嘆く本。3/4ぐらいのボリュームが大学のスタッフと制度に関する苦情で、残りの1/4が学生の学力低下に関する苦情。この分量のバランスの取り方は、『小数ができない大学生』『分数ができない大学生』と比べるとはるかにフェアである、というのが私の個人的な感想だ。まあ、数学の教員は他の分野の教員と比べるとはるかにマシなので、責任を全部学生に押しつけてもよいのだ、というニュアンスがあるのだと思うが、『分数ができない大学生』の項でも述べたように、数学の教員もあんまり上等なもんじゃないということが透けて見えるのでやっぱりダメである。

 大学のスタッフと制度に関する苦情は、昔からよく公言されてきた話ではあるのだが、こうやって改めてまとめて記述されたものを読むとやっぱりしんどいものだ。こういう問題はもう外部から制度を変えるという方法でしか解決できない。内部の人は、若い頃は義憤に燃えていても、そのうちミイラ取りがミイラになるか、万年助手で終わるのである。これまで何十年もそうなってきたんだから、これから何かが変わるかもしれないと期待する理由がない。

 著者は英語を教えているらしいが、204ページあたりで英語を選択科目にせよと主張しているのに、あとがきの211ページでは、「有力な大学では入学試験科目を「英数国理社」の五教科にすべきである」と書いている。もしかしたら後者は、「数国理社」に加えて、いくつかから選択可能な外国語を1つという意味かもしれないが。

 まあしかし、この本を読んでも私の従来からの感想は変わらなかった。それは、大学新入生の学力レベルが落ちたのであれば、大学側の立場としては、その学力レベルに合わせてカリキュラムを変えるというシンプルな選択肢以外のものはありえないということである。184ページには著者の直接的な体験からの感想として、次のように書かれている。

たとえば、「人称」「文型」「品詞」などといった基本的な文法知識のない者もいるし、三人称単数現在の場合の動詞につくSと名詞の複数のSとの区別がつかない者、発音記号の読めない者、辞書を引くのに時間がかかりすぎる者(アルファベットの順序をちゃんと把握していない)など、おそらく英語の知識が本当に中学一年生並みの学生がゴマンといる。

 そういう学生も入学させてしまうようなシステムになっている以上、そういう学生に文法知識や発音記号を教えるカリキュラムを用意する。必要ならばアウトソーシングをしてもよい。そもそも著者のいうように、「第1外国語」を英語以外の言語も含めた選択方式にするのならば、大学入学の時点で英語に関する知識がミニマムな学生が増えてくるはずだから、初歩の英語文法を教えなくてはならないコースはどうしても必要になるのである。

 大学新入生の学力低下を嘆く大学人の多くが、従来のカリキュラムを前提として物事を考えているように思われる。カリキュラムは、自分たちが最も柔軟にコントロールできる変数であるはずなのに、それを積極的に変えることに対する抵抗感があるように見える。このような傾向の背後には、自らの教育者としての存在、大学の教育機関としての存在に対する自信のなさがある。これはひとえに、カリキュラムや卒業条件を厳しくしたら、受験者と入学者がいなくなってしまうのではないかという不安と、本格的な教育は企業への入社後に行われるのだから、大した教育を行わなくても良いという観念に長年にわたって安住してきた後ろめたさが原因である。護送船団方式に守られてきた日本の銀行を連想する状況ではある。。

 だから、ひとたび「大学一般の社会の中での役割」と「個々の大学の位置づけ」を再定義すれば、迷うことはなくなるし、大学人の側から上流の初等教育に文句をつけるという見当違いな態度もなくなるはずだ。ほんと、「顧客第一主義」とか「トップダウンの意思決定」なんてことを言いたくなってくる。

2000/6/18

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