絶対音感

Absolute Pitch

最相葉月 / 小学館 / 98/03/10

★★

どことなく違和感を感じる構成

 第4回週刊ポスト「SAPIO 21世紀国際ノンフィクション大賞」の受賞作に手を加えたもの、らしい。

 絶対音感という概念自体は非常に興味深いのだが、この本を読んでいて何かしら違和感を感じた。最後まで読み終えてその正体がわかったような感じがする。この本は、日本のニュース番組のミニ特集みたいな構成になっているのだ。インタビューの配置の仕方とか、日本における絶対音感教育の歴史をまとめたセクションなど、テレビ番組の台本のようだ(本物の台本を見たことはないのだが)。最後に「教育ママの改心」みたいな、本筋から離れちゃったんじゃないの、みたいな教訓話で締めくくるところも。

 それで改めて『ビヨンド・リスク』がいかに優れた本だったかを思い出した。この本は、世界のトップ・クライマーたちのインタビューの一問一答を、クライマー別に並べてあるだけであるにもかかわらず、本全体をいくつかのテーマが底流のように流れていることを感じさせる。一方この『絶対音感』は、絶対音感を持つ人々たちの言葉を、著者が設定したフレームワークにあわせてつぎはぎする。このフレームワークが優れていれば、この手法にも別に問題はないのだろうが。

 絶対音感という問題の面白さは、(おそらくは幼児教育によって人工的に製造された)イディオ・サヴァンであるのだが、その人たちの主観的な体験を(それを語る能力がないイディオ・サヴァンとは違って)言葉として聞くことができるという点にある。絶対音感の持ち主は、音を恣意的に作られたデジタル情報として聞く人であり、今後のマン・マシン・インターフェイスの研究に大きな意味合いを持つことだろう。ここでのキーは、飽くまでも、われわれが彼らの主観的体験を言葉として聞くことができるということである。だからこの本の著者は、その言葉をそのままの形で並べるだけでよかった。そのような人々がどうやって生まれてきたのかを示すために、日本における絶対音感教育の歴史を記述するのもよいし、現在の科学研究の状況をレポートするのもよいだろうけれども、せっかくこれだけ多くの絶対音感の持ち主に話を聞くことができたんだから、その人々が自分の体験をどう表現するかという問題にもっと力点を置くべきだったと思う。

 指揮者の持つ音の識別能力と、教育ママの話は、それぞれ興味深い問題ではあるけれども、絶対音感とは関係がない。しかしこの2つの話題のおかげで、本全体の内容が絶対音感という話題から大きくずれてしまっている。これはとってももったいないことだと思った。絶対音感を持つ人のなかに、曲の調によって異なる「色」を感じる人がいるのは、平均律の個々の音を覚えてしまったことによる弊害なんではないか、などなど、いろんな疑問が浮かぶのだけれども、たぶん著者はそういう問題を考えたこともなさそうな。

 なお、『音の後進国日本』を読むと、この本のどこが駄目なのかがはっきりとわかる。要するに、著者が問題をちゃんと理解しているかどうかということなのだ。

1998/5/17

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