地価暴落はこれからが本番だ

家を持っている人 持とうとしている人 持つまいと考えている人 すべてに捧ぐ

増田悦佐 / KKベストセラーズ / 00/04/04

★★★★★

これは面白い

 帯には「2000年は地価暴落の元年!」とある。地価はまだ下げ止まってはおらず、これから暴落が始まるから、住宅を買うのは先に延ばした方がよいと助言する本。著者はHSBC証券の建設住宅不動産業界担当シニアアナリスト。教養と勉強熱心さに支えられた良い本である。往々にしてこのように教養ある人の予測は当たらないものだが、どうなるか興味深いところだ。

 地価暴落のシナリオは標準的なものだが、そのシナリオをバックアップするデータの適切な使い方、その周辺のデータの渉猟のしかた、そして地価暴落というテーマ以外の広範囲のトピック群(著者はむしろこれらの話を書きたかったのだと思う)が魅力的な、非常に楽しい本だった。著者は『戦後日本の住宅史』という本を執筆中らしいが、出たら買い。

 以下に、地価暴落のシナリオの簡単なまとめ(念のため。これは標準的なシナリオ。本書の最良の部分は、このメイン・テーマ以外のさまざまなトピックにある)。

 1990年代に入って、商業地の地価が大幅に下落して、収益還元法で見て妥当なレベルにまで下がったのに対し、住宅地の地価は(下がったとはいえ)依然として高い水準にある。

 住宅地の地価が下がらなかった理由の1つに、90年代に入ってからの、個人の住宅ローンの大幅な緩和がある。90年代半ばには、持家系の新築住宅着工数は、バブル期のそれを上回る伸びを示した。これは(名目の)低金利と「ゆとり償還制度」をベースにし、消費税の増税や新規住宅取得に関連するさまざまな減税などに後押しされた結果として生じた傾向だと思われる(低金利が「名目」だというのは、個人の所得が今後は不安定になるからである)。この経緯を著者は次のように記述している。

バブルの最中には日本の個人世帯は驚くほどの自制心を持って、不動産投機の波をやり過ごしていた。「そんな大金はさかさに振っても出やしなかった」と言ってしまえば身もフタもない。しかし、当時は「魚心あれば、水心あり」で、本気で探す気になればほとんど信用も担保もない人間に金を貸したくてうずうずしている金融機関も多かったのだ。
日本の個人世帯が返しきれないほどの巨額のローンを組んで、一生住みつづけたいとは夢にも思わないようなつまらない住宅の取得に動き出したのは、一九九三年からだった。(22ページ)
………
私は、住宅政策による強力なプッシュがなければ、日本の個人世帯はバブル当時の不良資産の形成とも、バブル崩壊後の住宅投資の異常な拡大ともまったく無縁でいられたはずだと考えている。
そういう意味では、バブルが金融政策の失敗の付けを日本の個人世帯に押しつけるものだったとすれば、バブル崩壊後の住宅投資の拡大はバブルに負けないほどの不良資産を個人世帯自身に作らせるものだった。つまり、バブルそのものにも匹敵する大きな政策的失敗なのである。(33ページ)

 このように、人為的に作られた需要のせいで、住宅地の地価は、需要と供給のバランスがとれている商業地ほどには下がらなかった。しかし、政府の住宅政策は全面的に方向転換をしようとしている(新築偏重の改善、中古住宅の流通促進、定期借家権、生産緑地法や建築基準法の改正など、いろんなトピックが頭に浮かぶ)。このため、1990年代の高い需要を支えていた諸条件が消滅ないし緩和され、供給が増える結果、住宅地の土地下落が始まるというわけである。(なお、1990年代に入って新規に住宅を取得した人々が高額なローンのせいで消費を抑えていることが、いま言われている「個人消費の低迷」の大きな原因の1つであると考えられる)

 著者は、この政策転換を日本の住宅事情を「正常化」させる好ましい転換だと考えている。具体的には、住宅と土地の価格が収益還元法で見て妥当なレベルにまで下がり、中古住宅のマーケットが広がり、既存住宅のメンテナンスのマーケットが広がり、賃貸住宅業界での差別的な扱い(老人、単身者、外国人。また保証人制度)がなくなり、人々は「経済合理的」に自分の住まいを選択する、また選択できるようになる。逆に言えば、人々が揃って経済合理的に振る舞わないと住宅地の地価は下がらないわけなので、本書のかなりの部分は、どのような振る舞いが経済合理的なのかということの説明に割かれている(同じテーマの本が、『ゴミ投資家のための人生設計入門』。この本は不動産だけでなく、保険、年金などの金融商品も扱っている)。

 商業地については、一部の物件が底値圏にあり、会社型不動産証券が始動することもあって、地価の反騰を予測する向きもあることに注意。もし本格的に「IT革命」主導で日本経済が回復するならば、(よく言われることとは反対に)都市部の商業地の地価が上昇するだろう。

 個人的には、住宅事情の「正常化」は望ましいものだと思うが、このかなりハードランディング的なシナリオによって、壊滅的なダメージを受ける人が激増するのが心配だ。それを怖れるあまり、調整インフレ論が抬頭してこないことを祈るばかり。

 なお、著者があとがきで挙げている1999年の「ミネルヴァのふくろう」の本は、山田昌弘『パラサイト・シングルの時代』、山岸俊男『安心社会から信頼社会へ』、井上章一『愛の空間』、三浦展『「家族」と「幸福」の戦後史』、松村秀一『「住宅」という考え方』である。パラサイト・シングルについては、本書でも、住宅の需要が減る大きな要因の1つとして取り上げている。私は『パラサイト・シングルの時代』の項でも述べたように、単身者の親との同居は、まさに著者が勧めている経済合理的な行動であり、日本の住宅事情の「正常化」と日本のIT事情の推進に貢献しているのだと考えている。また、この人々は住宅事情が正常化した後に、住宅の需要を強く下支えするだろうとも思う。パラサイト・シングルの内面に踏み込んだ心理分析などは後づけの論理なんで、気にする必要はない。そもそも、少し前だったら、親御さんのもとに留まっているのは「親孝行」だったわけだ、ということを、遠く離れた土地に住んでいるために長年にわたって親孝行ができていない私なんかは思うのである。

2000/8/5

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