密盟

A Firing Offense

デイヴィッド・イグネイシャス / 徳間書店 / 97/11/30

★★★★

ポスト冷戦のスパイ小説の一つの形を示した好著

 著者は現役の『ワシントン・ポスト』の新聞記者。

 この本には2つの重要な要素がある。まず、ポスト冷戦のスパイ小説の一つの形を示していること。具体的には中国の利権を巡るアメリカとフランスの争いで、CIAがこの新しい経済戦争に「進出」したときの活動の形を描いている。もう一つは、実はこっちのほうがもっと本質的なことなのだけれども、スパイとしてコントローラーにコントロールされるジャーナリストを主人公に据えていること。スパイ小説において、ほとんどの場合、ジャーナリストは単に諜報関係者が操縦する対象としてしか描かれず、実際に操縦される立場に立ったジャーナリストの事情を詳しく描いたスパイ小説というものはなかなかない。この本では、それがジャーナリストとしての倫理の侵犯であることを知りながら、やむをえない事情で、しかも自らの明確な意思のないままCIAに協力してしまう新聞記者が主人公に据えられている。

 もう一つ。この本では、ハードボイルド仕立ての新聞記者小説のように、ローカル新聞の警察番の記者を主人公にするのではなく、大新聞社でグローバルな活動をする記者を描いている。著者は自らの経歴を活用して、正面きっての勝負をしているといえる。また、その中で、80年代ごろから変わったとされるアメリカの新聞メディアの堕落(?)の様子も描かれているけれども、こちらの方はあまり深く考えられていはいないようだ。

 残念なことに、プロット自体はまるで先祖返りをしたかのようなアメリカ礼賛で、ソ連の代わりにフランスと中国が悪者になったに過ぎない。

 なお、113ページの、テレビ屋志望のCIAエージェントのセリフ。「スパイ稼業はもううんざりでね。ジョージ・ウィルみたいに、まともな人間になりたい」のジョージ・ウィルに「英国の社会改良家。YMCAの創設者」という訳注がついているけれども、これはシンジケート・コラムニストでABCのコメンテーターであるジョージ・ウィルのことだろう。で、ジョージ・ウィルが「まともな人間」であるはずがないからこそ、これが毒舌になるのである。

1998/5/22

 最後のジョージ・ウィルについての記述がわかりにくいという指摘があったので補足。日本の小説で、TV屋を目指しているスパイが、「スパイ稼業はもううんざりでね。久米宏/筑紫哲也/田原総一郎みたいな、まともな人間になりたい」とあったら、それがギャグであることが一目でわかる、というような感じ。ただし、久米宏/筑紫哲也/田原総一郎が「まともな人間である」というふうにエージェントが思っている、ということがギャグになっているかもしれない。結局、このエージェントは『ハードコピー』の記者になって主人公を追いかけることになる。

1998/10/06

TRCの該当ページへ

amazon.comの該当ページへ

検索ページへ 目次へ 前へ 次へ