中盆

私が見続けた国技・大相撲の"深奥"

板井圭介 / 小学館 / 00/08/10

★★★★★

なるほど興味深い

 「中盆」(なかぼん)とは博打場での差配をする人のことだが、相撲界では八百長相撲の仲介・工作人のことを指す。著者はこの中盆として活躍した元小結で、2000年1月に外国特派員協会で相撲界の八百長を告発する記者会見を行って有名になった。本書はそのような告発を受けてもはっきりした対応を取らない相撲界を挑発する告発・暴露本で、『週刊ポスト』上で行われてきた告発キャンペーンの一環と考えられる。

 とりあえず、ゴーストライターの腕が良い(「あとがき」には鵜飼克郎という人の名前が記されている)。プロのきっちりした仕事を見せてもらったという感じだ。

 私は大相撲には興味がないので、本書に記されていることの意味と重大性をはっきりと理解できたという自信はない。まあそういう人間が興味深いと思った点を以下にいくつか。

 フルコンタクトの格闘技で八百長でない「ガチンコ」を行って、それを商業的に成功させるのは非常に難しいというのが、一般に言われていることだろう。試合の間隔をあけなくてはならないので頻繁に興行を打てない、そして選手の寿命が短くなるという理由がある。私は本書を読んで、大相撲という競技は非常に安定したインフラストラクチャを持っているがゆえにガチンコがしやすいんだなあという、本書が言おうとしていることとは逆の印象を抱いてしまった。もう失うものがない著者でさえ、本人が活躍していた時期にもかなりの試合がガチンコであったと書いているし、自分が引退した後はむしろガチンコが主流派を形成していると認めている。

 本書では、大相撲における八百長がどのようなロジックに基づいて行われるかが細かく書かれていて面白い。ここで描かれているのは、個々の力士がそれぞれの思惑をもとに、それぞれの利益を最大化するために取引を行うというきわめて市場主義的なゲームであり、モデル化したくなってしまった人も多いんではなかろうか。また、「いくら八百長でも、実力がないと勝てない」というロジック(プロレスの世界ではこれだけに頼ることになる)が、大相撲の世界でいかに成り立っているかという分析が興味深い。この部分の分析はきわめて冷徹かつ知性的。もちろんゲームへの参加者はこうした具体的なロジックをしっかりと理解しているのだろうけれども、大相撲というインフラストラクチャの持つ複雑さと豊かさが、適度に複雑なゲーム・ルールを生成させていて、実に面白かった。プロレスの八百長よりも分析の対象としてずっと豊かなんではないかと思う。

2000/8/26

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