幽(かすか)

松浦寿輝 / 講談社 / 99/07/26

これは間抜けというべきなのかなんなのか

 友人と話をしていて、たまたま松浦寿輝ってどうなのという話になり、私は「評論家としては中の下、小説家としてはダメダメ」みたいなニュアンスの答えを返したのだが、あとから気になってきて、途中で放り出したこの短編集を本棚から発掘し、最後まで読みとおしてみた。私は最近の日本の小説をまったく読んでいないので、コンテキストがわかっておらず、これでも良い方なのかもしれない。ちなみにその友人は詩人としての松浦寿輝は好きなんだそうだが、私は詩を読まないので判断不能。この人を詩人として高く評価する人は少なくないが、そういう人たちはこの人の評論を読んでいないことが多い。異なるマーケットで異なる顔を持っているということなのだろうか。

 どのようにダメかというと、大江健三郎の『治療塔』のようなダメさに似ている。『治療塔』は、地位の確立した大作家が、SFという豊かなジャンルに魅力を感じて挑戦した小説だったのだと思うが、その結果として著者の教養のなさがもろに露呈してしまった。本書は、さしずめハードボイルド小説の骨組みに文体で味つけをするという試みだろうと思うが、ハードボイルド小説に関する教養のなさが露呈している。文体についてはあまり考えたくもないが、あえて言えば「楽そうだなぁ」。金井美恵子って偉かったんだと改めて思ってしまった。

 別の見方をすれば、セコい迂回路を辿ろうとする人が多いなかで、インテリにしては珍しく正面突破を狙っているということなのかもしれない。それならばそれで評価してもよいが、そうなるとやはりここで取り上げられている題材の陳腐さが気にかかる。ほんとにこういうことが「アクチュアル」な問題なんだろうか、この人にとっては? 20世紀も終わるというのに。

 とは書いてみたが、私の側にこの分野のコンテキストに関する知識がなさすぎるので、確信をもってものを言うことができない。この人が芥川賞を受賞するところを見ると、たぶん事態はそうとう悲惨なことになっているんだろうと、遠くから呟くぐらいである。

2000/9/2

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