生と死のミニャ・コンガ

阿部幹雄 / 山と渓谷社 / 00/09/02

★★★★★

これは言葉もありません

 著者は写真家。『最新雪崩学入門』を出した「北海道雪崩事故防止研究会」のメンバーの1人であり、本書は『最新雪崩学入門』の出版に関する因縁話を含む登山事故の体験記である。

 登山に関する本は、登山事故に関する本を中心にちょくちょく読んでいるのだが、その中で抱いている全体的な印象として、「日本人が書く登山事故ものは、センチメンタルな要素に偏りすぎていて読むのが鬱陶しい」というものがある。実際、「山男のロマン」みたいな概念にうんざりして、このジャンルに近づかないでいる人も少なくないと思うが、そういう人は『ビヨンド・リスク』とか『生と死の分岐点』などの外国人が書いたコンテンポラリーなものを読むと新鮮な気持ちがするだろう。本書は、日本人が自ら遭遇した登山事故についての体験記であり、半分以上が事故後の本人の思いと行動の描写に充てられているセンチメンタルな本なのだが、著者の経験があまりに凄すぎて許せてしまうというなかなか凄い本であった。読みながら何度かじーんと来てしまった。

 著者は1981年に中国のミニャ・コンガで事故を起こした北海道山岳連盟の登山隊に参加していた。このとき、21人から成るこの登山隊は、第一次アタック隊の12人のうちの8人を滑落事故で失ったが、著者はザイルでつながった7人が斜面を落ちていくのを目の前で目撃した。実際、著者はあと少しでこのザイルに自らの体を接続するところだったが、器具を取りだすのに手間取ったために助かったのである。その後、キャンプに戻る途中でクレバスに落ちかけ、危ないところをアタック隊のリーダーに助けられる。滑落者の遺体は1体だけ発見できたものの、回収は断念された。

 それ以来、高地登山から離れた著者は、雪崩事故に関する啓蒙活動に身を投じて「北海道雪崩事故防止研究会」に参加する。しかし1994年のこと、この研究会の同志の1人である福沢卓也という若者が、日本ヒマラヤ協会のミニヤ・コンガ登山隊に参加し、1981年の事故の際の遺体と思われるものを4体を発見したという報告をした後に、他の3人とともに行方不明になってしまう。そういえば『最新雪崩学入門』には、著者の1人が遭難したために出版が遅れた経緯なるものが書かれていたように思うが(本が出てこないので確認できない)、その背後にはこういうドラマがあったというわけだ。

 こういう経験をしてしまった以上、著者がいろいろと物を思うのは仕方がないことだろう。極限の体験をしてしまった者が書き残す体験記として、これは貴重な本である。

2000/9/9

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