銃・病原菌・鉄

一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎

Guns, Germs, and Steel: The Fates of Humans Societies

ジャレド・ダイアモンド / 草思社 / 00/10/02

★★★★

人類社会の進化を進化生物学的な立場から解説する

 著者は『人間はどこまでチンパンジーか?』、『セックスはなぜ楽しいか』などを書いている生物学者。本書は人間社会の変遷を進化生物学のフレーバーの入った立場から解説するという野心的な企て。タイトルの『銃・病原菌・鉄』は、競合する複数の人間社会の間の競争の勝者と敗者を決定した代表的な要因だが、これらの要因がなぜある社会では発達し、なぜある社会では発達しなかったのかという理由を、その社会が置かれていた自然環境に探るという趣旨である。

 全体として、断片的な知識を統合する大きなストーリーを構築しているという点できわめて有用な本だった。個別的には、特にアフリカ大陸での人類史を扱っている部分に、いままであまり考えたことのなかった話がたくさんあって面白かった。

 本書には、諸社会の発展の仕方の違いに生物学的な決定論を持ち出してくる人々に対する反論と啓蒙という意図が含まれており、この部分がうさんくさく感じられる人もいるかもしれない。反論と啓蒙の対象となっている人々が、あまりに低いレベルに想定されており(ものすごく素朴な西欧文化優越主義者)、そういう人もいるんだろうなぁ怖いなあという感慨だけでなく、それほど低いレベルではない人たちは侮辱されているように感じるんではなかろうかという邪推も生じてくる。いくつかの局面では「と学会的な本」の行き過ぎが生じているんではないかという印象を受けたし、とりわけ時代が現代に近づいてくると、いろいろとケチをつけたくなる人も増えてくるだろう。

 本書には日本に関する具体的な言及はあまりないが、言及している箇所には、縄文時代を論じるための有用なコンテキストを提供してくれているものが少なくない。気になったのは日本語に関する言及。発明が行われたが、それが広く社会に受容されないという現象が起こる理由を論じている箇所より引用(下巻の60ページ)。

二つめの要因は、経済性より社会的ステータスが重要視され、それが受容性に影響することである。たとえば、ブランドもののジーンズを買うために、品質はまったく同じノンブランド品の二倍の値段を払う人は何百万人もいる。ブランドものの社会的ステータスが、金銭以上のものをもたらしてくれるからである。日本人が、効率のよいアルファベットやカナ文字でなく、書くのがたいへんな漢字を優先して使うのも、漢字の社会的ステータスが高いからである。

 日本語の歴史の中で、漢字の社会的ステータスが大きな役割を果たした時期はたしかにあった。しかし、本書のこの部分は、現代も含めた歴史全体に適用可能なロジックとして提示されている。つまり著者は、現在の日本語で漢字が使われていることも、非最適な習慣であると述べており、今後、効率を重視した最適なパスをたどるならば、日本語はアルファベットかカナ文字だけを使うようになると示唆しているのだと思われる。まあ、こういうことを過去に言った人、またいまも言っている人はたしかにいるが、一般的な日本人は、これはちょっと無理な話だと感じるだろう。

 大量の記述が含まれている本のなかの、このような断片を取り出してとやかく言うのは趣味が悪いことだとは思うが、この記述からは3つの教訓が引き出せる。1) 著者は、そうではないという点を売りにしているが、やはり西欧文化中心主義から脱却できないでいる。2) 著者の、人類社会の発達論には、(素朴な意味での)漸進主義的かつ目的論的な要素がある。この例に引き付けて言えば、たとえ過去に漢字が非効率的だったことがあったとしても、現在の漢字かな混じり文が最適解の1つかもしれない、という発想がない。3) 個々の文化に属する人々、特に本書で詳しく取り上げられているニューギニアの人々なんかは、本書を読んだらむちゃくちゃ怒るかもしれないなぁ。

2000/10/14

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