科学者として

新井秀雄 / 幻冬舎 / 00/11/10

★★★★★

恐ろしい話

 「予研(感染研)裁判」に、予研(感染研)の職員でありながら原告側証人として関わっている著者の本。当裁判の原告が作っているwebサイトは『予研(感染研)裁判の会へようこそ』。また、国立感染症研究所のwebサイト

 この件については、別に環境問題に関心を抱いていない人でも、ごく普通のSF小説/SF映画愛好者であれば、「新宿区戸山という人口密集地帯にP3施設がある」と聞いただけで当然の結論にたどりつくと思う(ただし著者はむしろP2の方に懸念を抱いている)。大地震などのカタストロフィーが発生したらきわめてやばいことは間違いないが、そうでなくても、施設からやばいものが流出するシナリオはいくらでも考えられる。

 予研(感染研)の職員であるがゆえに、他の職員たちのプラクティスを観察する機会に恵まれている著者は、ハリウッド映画の脚本に出てきそうな典型的に愚かな行動をとる人々の姿を厳しく批判している。なんでこうも典型的なのかと思ってしまうが、そういう典型だからこそ映画の脚本に使われるのだと思って納得せざるをえない。

 1999年9月に起こった東海村の核燃料加工施設での臨界事故(『臨界19時間の教訓』)は、事故の発生の経緯とそれ以降の対処の両方の面でかなりの衝撃をもたらしたが、感染症を扱っている施設で事故が起こった場合のバイオハザードは、これとは比べ物にならない影響を与えかねない。施設が人里離れたところにあれば封じ込めも可能かもしれないが、まるで病原体のためにあつらえたようにキャリアが密集している地域では事実上不可能だ。近所の住民に影響が及ぶのはもちろんだとしても、感染研の近くには早稲田通りと明治通りが通っていて、地下鉄早稲田駅がある。その他、早稲田大学のいくつかのキャンパスや数々の学校など、人々がそこに通勤・通学している施設が多くある地域であり(私は以前この近くに住んでいたことがあるので土地勘がある)、これらの人々は感染に気づかないまま関東全域に「帰宅」する可能性がある。核物質を扱っている作業員が「臨界」という概念を知らなかったということ以上に、映画や小説のシナリオとして使えない設定だ。

なお、予研(感染研)の移転反対運動には、1980年代後半以降の感染症ブーム(感染症自体のブームと、それに伴う社会の関心の復興)が追い風となったと思われる。日本でもこういうものを題材にしたパニック娯楽映画が作られるようになるといいのだが、残念ながら日本映画の地力は失われている。著者を主人公に据えた『科学者として』というドキュメンタリー映画が作られているようだが、それでは弱いのだ。

2000/11/4

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