教育改革国民会議で何が論じられたか

河上亮一 / 草思社 / 00/11/01

★★★★★

賛同するかどうかはべつにして、迫力のある記録

 同じ著者の『学校崩壊』の項で、私は、ついに時代が「プロ教師の会」の追い風となってきたらしいと書いたが、あれから1年半でこれだけ事態が進展するとは思わなかった。『分数ができない大学生』『小数ができない大学生』など、文部省の「ゆとり教育」路線を根本から批判する本が話題を呼び、いまや風潮は完全に反動期に入ったと言ってもよい。それが目に見える形となった初めてのものが、小渕首相から森首相へと引き継がれた「教育改革国民会議」である。著者の河上亮一は、この審議会の特に注目される第一分科会のメンバーとなった。個人的には諏訪哲ニが参加していた方が良かった気がするのだが、話が来たときに引き受けたかどうかは疑問。

 本書は、この教育改革国民会議の第一分科会での議論がどのように進められたかを示すメモから構成されている。後々、貴重な資料になるだろう。

 特に興味深い点をいくつか。この教育改革国民会議が当初はエリート教育の充実に焦点を当てようとしていたと思われるのに対し、著者を含む委員たちの意見を反映して、(特に第一分科会では)より広範囲な底上げに重点が置かれるようになった。おそらく文部省の中の改革派は、既存の「ゆとり教育」路線を全面否定はせずに、学生の学力の低下という問題に対処するための手段としての「エリート教育」を、自由競争路線を導入することで実現するというような修正的シナリオを描いていたように思われる。そして、広範囲の底上げが必要である意識が委員間に広がるにつれ、文部省の役人がかなり慌てたらしい様子が描かれている(112ページなど)。

 好意的に見れば、民間の有識者を集めた諮問機関が、硬直した官僚主義を根本から揺り動かすような大胆な提言をしたということになる。悲観的に見れば、戦後民主主義に対する反動の流れをうまく利用した陰謀。なお、この教育改革国民会議には3つの分科会があるが、分科会が作られたときのそれぞれの名称は、第一分科会「心美しい活力ある日本人を育む分科会」、第二分科会「学校教育の充実を図る分科会」、第三分科会「競争力のある日本をつくる分科会―創造性の高い人材育成」となっており、委員の振り分けは座長が上から決めたようだ。振り分けの基準はわからないのだが、結果として、いまの日本人の心が美しくなく、活力がないと思っており、それを正すことが緊急の課題だと信じている人々が第一分科会にまとめられた可能性が高い。本書の記述によれば、座長の江崎玲於奈はエリート教育の方に関心を持っているので、これには封じ込めの意図があったのかもしれない。

 以下、個人的意見。「日本人が心美しくなく、活力がない」という問題設定そのものが変なことのように思うのだが、仮にこの問題設定を受け入れたとして、第一分科会のほとんどの人は、自分は心美しく、活力があると思っている気配が濃厚である(河上亮一は学校教師機関説みたいなものを採っているのだが、歯止めとしては機能していない)。そしてこの人々は、自分のそれまでの人生の中で、事態が徐々に悪くなっていったという感じを受けているので、より遡れば事態はよくなると考える傾向がある。多くの方々はかなり歳をとっているので、高度経済成長の成熟期でもすでに事態は悪くなっていたという印象を持っている。まさか戦後の混乱時をモデルとして採用するわけにはいかないので、論理的には太平洋戦争の前あたりまで遡らないと心美しく、活力がある日本人なるものは見えてこない。しかし残念ながら、戦前期の悪い面を実際に体験しているほど老齢の人はいない。曾野綾子のうっとうしいマニフェストを読んで「アホか、お前は」と誰も言わなかったのには、こういう事情が関わっているのだと思われる。

 委員の年齢層が違っていれば、「心美しく、活力がある日本人」という問題設定の下であっても、ずいぶんニュアンスの異なるマニフェストが出てくる可能性がある。たとえば「戦後の混乱期をたくましく生き抜いた日本人」とか「奇跡的な高度成長をもたらした日本人」とか「バブル期の活気ある日本人」などをモデルと採用することだってありうるだろうし、いまの状況を「成熟した市民社会」として肯定的に捉えることだって十分に可能だろう。どのモデルが採用されるかが、委員の年齢構成と、それぞれの委員がいま幸せか、いつ幸せだったかによって決まってしまうところに、この問題設定の問題がある。

 この教育改革国民会議の第一分科会の成果物に関して、リベラル―中立の立場に立つメディア/人々は全般的に批判的なスタンスをとっているらしく、本書でも朝日新聞の否定的な取り扱いについての苦情が記されている。しかし、こういう諮問機関が作られ、こういうアウトプットが出てしまったのは、彼らが現状に対して批判的なスタンスを採っていることの当然の帰結である。

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第一分科会

2000/11/11

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