現代史の争点

秦郁彦 / 文藝春秋 / 98/05/20

★★★★

意地悪な本だが、面白い

 著者が数年にわたって書いてきた「現代史に関する諸論文を択んで一冊にまとめたもの」。「南京事件と慰安婦問題」、「家永裁判と教科書論争」、「太平洋戦争と歴史認識」、「情報公開とプライバシー」という4つのカテゴリに分類されている。

 一読しての感想は、この人は悪口の言い方が上手だということだ。これは重要なことである。この種類の問題について書く人は、どうしても他人の悪口を言うことになるが、その言い方が下手だと、当人に何か問題があるのではないかという疑念を生じせしめることになりがちだ。秦郁彦はそのような罠には陥っていないが、それだけに物凄く意地悪な人に見える。

 とはいえ、著者が書いている歴史的事実の部分は信頼性が高そうに見える。まっとうな歴史家なんだろうという印象を与えている。しかしそれよりも驚いたのは、いくつかのところで垣間見える政治的な倫理観のバランスの良さだった。

  1.  「南京大虐殺「ラーベ効果」を測定する」は、『南京の真実』が翻訳出版されたことによって、「大虐殺派」と「マボロシ派」の論調にどのような影響があったかを考察した、なんとも意地の悪い論考だ。秦郁彦はこのラーベの日記について「目を見張るような新事実を呈示しているわけではない。むしろすでに知られている旧聞のリピートという面を否定できない」としながらも、きわめて素直に受け入れている。ラーベが文中で挙げている犠牲者の数(5万〜6万人)は、秦郁彦がこれまでに挙げていた数値にきわめて近いので、この好意的扱いも当然なのかもしれないけれども。
  2.  慰安婦問題について、本筋とはまったく関係のないところで、「売春婦は数ある職業の一種として認知される傾向があり……」(80ページ)という類の(さりげない)指摘をしている。この問題に絡めて、この点を指摘している人を初めて見た(いや、他にもいるのかもしれないが)。実際のところ、これは慰安婦に国家賠償をすべきかどうかという問題とはほとんど関係のない論点である(またそうあるべき)けれども、より広い文脈で物事を考えるときには、無視してはならない視点だと思う。
  3.  「東條英機の「戦争責任」」は、東條英機の開戦責任ではなく敗戦責任に焦点を当てた論考である。いま、『プライド』なる映画の公開が論議をよんでいるが、このアプローチが一番まっとうなんではないかと思った。
  4.  歴史家としての調査の過程で遭遇した、日本の公的機関の情報公開の遅れについて詳しく記録し、改善策を提案している。特に、役人が受け入れやすいような論理を作る必要があると指摘しているところがまっとうだ。

1998/5/28

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