でっちあげ

痴漢冤罪の発生メカニズム

夏木栄司 / 角川書店 / 00/11/30

★★★★★

素晴らしい

 著者は変名らしく、「国立研究所勤務の中堅研究者」とある。電車の中で痴漢と間違えられ、鉄道警察隊の取調べを受け、検察に書類送検されたが不起訴となった。その経緯を、一般市民の自己防衛の方法の参考として提供するという目的で書いた本である。『ある日突然、警察に呼び出されたら、どうするどうなる』は弁護士が書いたマニュアル本だったが、こちらは実際の体験をした一般市民の立場から書かれており、リキが入っている。文章と構成が非常にしっかりしている良書である。なお、松本サリン事件の容疑者となった河野義行の『「疑惑」は晴れようとも』の項も参照。

 最近になって、痴漢の容疑が裁判になって証拠不十分で無罪となるケースが少なからず発生しているようだが、本書の内容はその背景事情をよく説明してくれている。この読書メモで何度か言及している、ここしばらくの戦後民主主義に対する反動(少年法の改正、教育の強化、ストーカー事件、家庭内暴力、幼児虐待などへの警察の介入の支持)と軌を一にして、「電車内での痴漢は犯罪である」というアウェアネスが広がった結果であり、私は今後はストーカー事件、家庭内暴力、幼児虐待についても同じようなことが起こるだろうと推測している。日本に「ストーカー」なる言葉が入ってきたころ(いつだったか忘れたが、7、8年前か?)、アメリカではすでに警察の民事介入に対するバックラッシュが発生していたわけで、日本もその経路を10年遅れぐらいでたどると思われる。

 なお、私はストーカー事件、家庭内暴力、幼児虐待などを警察が取り締まるべきではない、と主張しているわけではない。そういう大きな方向転換の時期には、警察や司法やその他の関係機関が、システムとしても、個々の構成員としてもついていけず、過渡期には非常に厄介なことが起こる可能性があると主張しているのである。これは、これらの取締まりを強化せよというパブリックからの圧力が強ければ強いほどそうなるだろう。したがって本書の著者が述べているように、司法手続きに関するリテラシーの重要度は今後はいっそう高くなると思われる。

 著者が最後の方で行っている考察で特に興味深いのは、鉄道警察隊のなかに「痴漢は微罪である」という意識が残っていることが問題の根源であるという説だった。もちろん建前としては「痴漢は犯罪である」となっているが、警察官本人のなかにそれほどの重罪でもないという相反する意識があるために、捜査の手抜きが生じるだけでなく、安易に和解を勧めがちになる。

2000/12/9

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