カレン・カーペンター

栄光と悲劇の物語

The Carpenters: The Untold Story

レイ・コールマン / ベネッセ / 95/02/10

★★★★

悲惨な事態を冷静に書き進めていく好著

 カーペンターズの兄妹の評伝。原題からわかるように、カレン・カーペンターだけに焦点を当てているわけではないが、彼女の死にいたるまでの経過が大きく扱われている。著者はイギリス人の音楽ジャーナリスト。音楽家の伝記を他にもいくつか書いている。

 カレン・カーペンターは1983年2月4日に死んだ。直接の死因は心臓発作だが、長期にわたる摂食障害がその主な原因となったと思われる(体重を減らすために服用していた薬が心臓にダメージを与えていた可能性も示唆されている)。それとほぼ同じ時期に、兄のリチャードの方は睡眠薬の依存症に苦しんでいたが、専門的な治療を受けてこれを克服した。カレンも周囲からの圧力を受けて何度も治療を受けたが、最後まで治らなかった。

 この本の前半は、リチャードとカレンが音楽の道に入り、その世界で成功するまでの道のりを描いている。しかしそこから後は、周知のものとなっている悲劇的な結末に向けてひたすら突き進むわけで、読み続けるのがつらい。この本の書き方が悪いわけではない。むしろ、細かい調査に裏づけられた冷静で客観的な態度を貫きながらも、リチャードとカレンに対する愛情が感じられるあたたかい文章を並べている。この本はもっぱら関係者のインタビューをもとに、カレンの摂食障害の軌跡を追っているのだが、カレンをインタビューすることができない以上(生前のインタビューもあるが、とうぜんながら摂食障害についての話はない)、彼女がこの恐ろしい病に苦しんでいる間に何を考えていたかはまったくわからない。このため、まわりの人が何を言っても真剣にとらず、その場かぎりでのごまかしを繰り返し、死に至る道を一直線に進んでいった姿ばかりが描かれることになる。これはノンフィクションとして、また伝記としてとても誠実な書き方だと思うが、そのためにかえって恐ろしさが増している。ある意味では「リアリティに溢れた伝記」なんだけど、われわれは(というか私は)まだカレン・カーペンターの死をリアリティ溢れる形で受け入れることはできないんではないだろうか。

 カレン・カーペンターは、公けに摂食障害とラベリングされた病気で死んだ初めての有名人だとのこと。著者とリチャードは、カレンの死にいたる軌跡をこうやって明確にすることが、同じ病に苦しんでいる人たちの助けになるだろうと考えたらしい。しかし、この本ではカレンがなぜ摂食障害に悩まされていたのかという疑問に対する答えは明確には提出されていない(これもまた誠実なところだ)。カレンが少女時代に太っていたこと、ヒップが大きかった(と本人が思っていたこと)こと、兄リチャードを天才とあがめていて自己評価が低かったこと、母親の愛が兄の方に注がれていた(とカレンは思っていた)こと、社会経験をあまり積まずに音楽ビジネスに入りそのまま成功してしまったこと、互いに愛情をおおっぴらに表現しない家族だったことなどなどのヒントが挙げられているが、そのうちの(またはそれ以外の)どれが問題の「原因」だったのかは結局わからないままになるのだろう。

 この本は、ポップ・ミュージックの世界におけるカーペンターズの位置づけと、1990年代におけるカーペンターズの再評価を理解するための手がかりともなる。具体的には、多重録音によるコーラスの使用の先駆者だったこと、本来はジャズ・バンドだったのでその片鱗が残っていること、リチャード・カーペンターの作曲家とアレンジャーとしての才能、完璧主義などなど。これは、彼らが活動していた当時の「カレンがきれいな歌声で甘い歌を歌うスクウェアなバンド」というイメージの裏返しである。

 この私もカーペンターズについてはそのような印象を抱いていたし、彼らのレコードを買ったこともなかった。そこで、この本を読むのと並行して、彼らのアルバムをいくつか聴いてみた。それでわかったのは、シングル・カットされた曲だけで彼らを判断してはならないということだった。有名どころのヒット曲とそれ以外の曲の間にはかなりの違いがある。この本からもわかることだが、彼らは(特にリチャードは)戦略的なヒット・メーカーだったようだ。しかし、シングルにならなかった、実験的意欲が見える小曲たちの路線は、この後に大きな進化をする部分であり、21世紀の直前にこうやって聴いていると、どうしても古いものに感じられる。皮肉なことだけれども、こうやってカーペンターズをじっくり聴いてみた私の結論は、やっぱりカーペンターズはカレンの歌声が一番重要なんだ、というものだった。しかしこの判断には、この本を読んだことが大きな影響を与えているのかもしれない。それほどせつない本である。

1998/5/31

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