新聞があぶない

本郷美則 / 文藝春秋 / 00/12/20

★★★★★

予想外にもかなりタフな内容だった

 日本の新聞の抱えるさまざまな問題を指摘する本。朝日新聞社出身の著者は、記者として入社したようだが、事務方/バックオフィスの部署で多く働いた後に定年退職しており、このことが有利に働いたと思われる。『墜落の背景』は日本航空の元社員が定年退職後に書いた本だったが、あれとタイプの似ている告発ものである。「高度成長時代に働き、出世の階段を最後まで上りつめずに退職した日本のサラリーマンには偉い人がいる」という教訓。

 個人的には、その背景にあまりなじみのなかった『墜落の背景』にはいろいろと驚愕する部分があったのだが、新聞/ジャーナリズムというトピックを扱っている本書にはそれほど目新しい内容はなかった。しかし、新書という小さいスペースで幅広い問題を扱っていること、インターネットという新しいメディアを視野に入れたコンテンポラリーな問題意識を持っていることは高く評価するべきだし、何よりも(新聞記者出身にしては)文章が上手だ。

 第一章「ドラッジ・レポート」では、モニカ・ルインスキー・スキャンダルにおけるDrudge Reportが果たした役割を紹介し、これに対するアメリカのメディアの反応を批判的に分析している。導入部になぜアメリカの話を持ってきたのかがよくわからなかったのだが、これはインターネット上のメディアの分野で日本に先行しているアメリカの例を出すことで、日本の予想しうる未来像を提示したということなのだろう。なお、本書でも細かく描かれているけれども、この事件の際のアメリカのメディアにおけるDrudge Reportバッシングはほとんど言いがかりに近いひどいものだった。

 第二章「新聞の信頼度調査は何を物語るか」では、とりわけモニカ・ルインスキー・スキャンダルの報道の過程で、アメリカ国民が新聞に寄せる信頼の低下が浮き彫りになったことを紹介し、このトレンドがすでに以前から始まっていたことを質問調査のデータを使って示している。『アメリカ人はなぜメディアを信用しないのか』では、もっぱらTVメディアに対する信頼の低下を扱っていたが、そのなかでも「新聞はまだマシ」というスタンスがとられていた。アメリカの事例を持ち出してきた理由がわかりにくいが、想像するに、日本にはそのような傾向を示すデータがない(そのような調査が行われていない)のが原因だと思われる。

 なお、「モニカ・ルインスキー・スキャンダルの報道の過程で、アメリカ国民のメディアに寄せる信頼の低下が浮き彫りになった」というのは、アメリカのメディアがクリントン大統領を非難する報道をする中で、国民の大統領支持率がかえって上昇したことを指している。これだけをとってみると、各種新聞上で森首相に対する批判が繰り広げられるなか、内閣支持率が着実に低下している日本の現状からは、メディアが信頼されているという推論が導き出されかねない。

 第三章「インターネットへ走り出す」は、新聞社がインターネット上で行っているサービスを紹介し、その問題点を整理している。

 第四章「有価証券報告書と記者クラブ」は、新聞社が享受している各種の特権を指摘し、その公正なメディアという像との矛盾を指摘している。事業税の減免(改正済み)、輸入新聞用紙の関税の減免、減価償却資産の耐用年数の特例、取材に伴う飲食費の交際費からの除外の特例、株式売買の制限、有価証券報告書の提出義務の免除、広告比率を定めた第三種郵便物の認可制度の違反の黙認。記者クラブについては、その問題を正そうとする近年の動きも紹介している。なお、記者クラブの問題を扱った近年の良書は『新聞が面白くない理由』。本書でも言及されている。

 第五章「宅配制度と表裏の再販制度」は、再販制度維持キャンペーンを繰り広げている新聞業界を批判する。ちなみに、一般的な書籍の場合と違って、新聞の再販制度は、明らかに寡占企業の行っている不公正な商習慣である。仮に「再販制は文化を破壊する」という言い方が成り立ったとしても、この言い方は新聞の再販制度の擁護には使えないと私は思っている。

 第六章「新聞社経営と新聞販売店経営」は、新聞社と新聞販売店の収益構造と両者の間の力学について説明している。あまり詳しい記述はないが、私にとっては一番目新しい内容だった。雪印の牛乳汚染問題の際に、牛乳販売店をめぐる問題に焦点が当てられたが、新聞社と新聞販売店はこれとパラレルな関係にある。ただし、新聞販売店には折り込み広告にその収入の多くを負っているという独自の特徴がある。

 終章「新聞に未来はあるか」は、まとめ。この章の内容を含めて、本書全体を貫く基本的な立場は、「中立的で公正なジャーナリズム」を理想化し、新聞が広告収入への依存度を高めつつあることに危惧を抱くというものである。著者がインターネットというメディアに警戒心を抱いているのは、究極的には、新聞社がインターネット経由で記事を提供する場合、現状では広告収入という形でしか収入が得られないということに理由があるのだと思われる。

 部外者として言わせてもらえれば、日本国民はとっくの昔から、新聞に対して「中立的で公正なジャーナリズム」みたいな幻想は抱いていないと思う。だいたい新聞が「中立的で公正なジャーナリズム」だというような表現を、新聞関係者以外の人が使っているところを見たことがない。

2000/12/23

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