恋愛の超克

小谷野敦 / 角川書店 / 00/11/30

★★

これはまあ普通か

 『もてない男』の著者による恋愛論。フェミニズムとその周辺領域の「論壇」におけるパソコン通信レベルの「あなたの立場はこういう矛盾を含んでいる」合戦に、『もてない男』で述べていたような男性論をベースに参加したという感じだが、最後の方の「新近代主義者宣言」と題された項では、男性論の範疇を超えた大原則を打ち出している。それまでに行っているような議論をこの大原則と接続するのはかなり大変そうな気がする。

 著者は日本の「論壇」に、アメリカの共和党保守のような保守派がいないと述べているが、そういうタイプの日本人は探せば実はけっこういるんじゃないだろうか。そういう人に、その特定の「論壇」でわざわざ発言するというコストを支払う気がないだけで。

 以下は、この手の問題に関する個人的見解のメモ。フェミニズムの文脈で言われる広義の「家父長制」という概念そのものを私は信じる気にはなれないが、本書の売買春に関する議論に即して、女性の性に高い価格がつくことの背後にある観念を仮に「家父長制」と名づけるとしたら、家父長制の解体は昨今ブームの「規制緩和」とパラレルである。私は、このコンテキストでの売買春の議論の際には、「労働組合の存在が失業者を生み出す」とか、「クリエイティブな仕事が良いという概念が単純労働者への蔑視を生み出す」などの例を挙げることが多い。

 こういう枠組みはパターナリズムとして批判され、拒否されてきたわけだが、1990年代以降の全体的な日本社会の保守化に伴ってどのようなシフトが起こるのか興味深いところである(実際にはあんまり興味なんてないのだが)。おそらくあと10〜20年ぐらいのスパンで、(1970〜80年代以降に唱えられ、実現された)女性の社会進出は、労働者の収入を低下させるための陰謀であったという議論がメインストリームになるだろう。そのときにどうやって耐えしのぐかが真のテストである。

2000/12/23

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