神戸事件の謎

「酒鬼薔薇聖斗」とは?

現代社会研究会 / 解放社 / 98/04/15

★★

もったいない

 革マルによる神戸事件の少年A冤罪論。一連の事件は、CIAの手先である国家謀略集団の陰謀であり、少年Aは無実であると述べ、返す刀で少年Aの弁護の不手際を、日共系の弁護団の指示を受けた人権派弁護士の企みであると非難する。いやあ、実にもったいない本である。そもそもこの本は、『解放』に掲載された関連記事をまとめたものらしく、話題の重複や、情報量の皆無のノイズが多すぎる。宣伝臭の強い文章のせいで、見込み読者の80%ぐらいが買うのをやめるのではないかと思う。宣伝をするなとは言わないが、もう少し整理した形で書き下ろしの本を出せば、もっと面白くなる題材なのに。

 さて、国家機関のお墨付きの調査力を持つ革マルのことだから、この本に書かれていることにもいくばくかの真実はあるのだろう(ほんとか?)。しかし、百歩譲って、一連の事件がCIAの謀略だというのが仮に真実だとしても、少年Aが書いたとされる作文の文が映画『プレデター2』に出てくる文章と似ているから、この事件全体がアメリカに発しているはずだという論法はいかがなものか。まあもちろんこれは冗談なのだろう。そもそもこれは、あらゆる事柄を「米帝」と「代々木系官僚主義者」の陰謀に結びつける論法を考えつく競争という様式美の世界であり、書く人も読む人もそれを承知しているのだろう。しかし、それはもったいない。実際、この本には適切な指摘も多いのだ。

 まず、「冤罪」の部分について。この本の論法には1つ重大な問題がある。この事件の事実関係を追う上で参考となるリソースは、基本的にメディアの報道ということになる。しかし、この本の著者らが指摘するように、この事件での報道は例によって惨憺たるものだった。そういう惨憺たるソースをベースに推理を組み立てるのは、自家撞着的な企てであるといえなくもない。また、この事件での捜査は、外から窺う限り杜撰なものだった。その一環としての調書の信頼性は低いが、事件の中での出来事の経過を追うときには必然的にこれをベースにせざるをえない。著者らは独自の現地調査も行っているようだが、議論の大半は、上記のような危うい基盤に立っている。

 それでも注目すべき点はいくつかある。(逮捕の前の時点で)物証がなかったこと、調書がおそらく警察官の誘導で作られたものであること、その調書に内部的な、またその他の証拠との間での矛盾がいくつかあること。逮捕の前に報道されたさまざまな事柄が霧散してしまったこと、など。陰謀理論のファンとしては、ほとんどの謎は関係者の無能で説明がつくという理論に基づいて、これらの謎はいずれも警察とメディアの無能ということで説明がつくと思うのだが、どのように無能だったのかということを検証するノンフィクションはぜひ必要である。

 少年Aの弁護士について。この本では、日本共産党の陰謀だとしているが、それは措くとしても、弁護活動が悲惨だったということにはまったく賛成だ。少年Aの弁護士は、最初から彼が犯人であると信じており、医療少年院に入れるというシナリオを「国家権力との共謀」によって遂行したと言われても仕方のないような行動を取ったと思う。いずれにせよアメリカ製ミステリのファンである私には、まったく許容できない話だ(まあこれは日本においては珍しいことではないが)。

 少年Aを対象とした取り調べ、弁護士やメディアによる少年Aの扱いが、戦後日本の典型的な冤罪事件のパターンと似ているというのも同感である。これは、少年Aが本当に無実なのかどうかという問題を措いても、大きな問題だ。

 メディアの悲惨さについて。朝日新聞が少年Aが書いたとされるイラストを変造することによって国家権力の手先となったという説は措くとして、逮捕前と逮捕後の報道がどちらも悲惨であるということにはまったく賛成だ。まあこれも珍しいことではない。

 知識人たちの発言の悲惨さについて。立花隆、大江健三郎、柳美里などを激しい言葉で攻撃しているが、まあこれらが妥当かということは別として、攻撃そのものは面白い。

 いずれにせよ、このような本が成立してしまうのは、メインストリームのメディアの貧困さが原因である(朝日新聞社の記者チームによる『暗い森』は、その一例)。まあ、この事件については、少年事件であるため、情報が絶対的に足りないという事情があるわけだけれども。以下に、具体的な問題点をいくつか列挙しておこう。この中には、まったく的外れのものや、他のメディアの記事などで解決済みのものもあるかもしれない。私は報道を追っていないので、事情に疎いのだ。これは今後の文献漁りのための覚え書きである。

 こうした問題点を見ていると、実際のところ、少年法のために捜査の内容を非公開にせざるをえなかったことは、かえって当局側にダメージを与えたといえると思う。警察はこれらの疑問に対する明解な答えを持っているのに、表に出せないで悲しい思いをしているのかもしれない。J・F・ケネディの暗殺に関して、政府はオズワルドの単独犯行であることを「知って」いたのだが、当時のソ連との間の緊張が高まるのを怖れて、世の中の陰謀説に表だって反論しないことにしたという説を思い出した。あの件に見られたもろもろの不自然な徴候は、政府が、陰謀説論者が思っていたのとはまったく逆の理由から、(隠蔽とまではいかないが)事件のインパクトを弱めようと試みた結果だと考えるのである。しかし、O・J・シンプソンが無罪になったアメリカ(『O.J.シンプソンはなぜ無罪になったか』を参照)で陪審制の裁判をやれば、仮に上記の疑問に対する反証を検察側が出せたとしても(さらには本当に少年Aが犯人だったとしても)、この件は無罪になりそうな気がする。まっとうな弁護士がついていれば、だが。

1998/6/2

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