オペラハウスは狂気の館

19世紀オペラの社会史

Die Oper ist ein Irrenhaus: Sozialgeschichte der Oper im 19. Jahrhundert

ミヒャエル・ヴァルター / 春秋社 / 00/11/20

★★★★★

非常に良い本

 著者のミヒャエル・ヴァルターは音楽史を専門とする学者。原文はドイツ語。邦題は「狂気の館」としているが、原題ははっきりと"Irrenhaus"、つまり「精神病院」と言っている。本書は、19世紀のオペラの社会学的なアプローチによる研究書。「春秋社発行の定価5400円の本」というニッチにしては異常に翻訳が読みやすい本だった。世の中に氾濫している俗流解釈をきっぱりと排したきわめて堅実な歴史研究の本で、オペラ・ファンだけでなく、劇場芸術一般、または19世紀ヨーロッパ一般に関心を抱いている人にも勧められる良書である。ただし話はやたらと細かい。

 著者による「日本語版への序」がなかなか感動的なので一部引用する(iページ)。

本書が日本で翻訳されることになったと聞き、なぜこの本を日本でと、最初はいぶかしく思いました。オペラというジャンルが日本でもヨーロッパやアメリカに負けないほど愛されていることは存じていますが、その関心はもっぱらオペラの音楽そのものに集まっていると申し上げてよいでしょう。ところが本書が扱うのは、それが十九世紀においてどのように生み出されたかということです。……いずれにせよ本書の内容は、日本の伝統とはまったく無関係な、十九世紀オペラ界独特の慣行に関するものなのです。…
しかし、やがて別の考えが浮かんできました。こうしたヨーロッパの伝統と無縁であることが、逆に日本の読者にとっては大きな利点なのではないか、ということです。ヨーロッパのオペラ愛好家の多くは、ロッシーニやマイアーベーア、ヴェルディやワーグナーのオペラが生まれた十九世紀の伝統の延長線上に、自分たちがいると思っています。そのため、これらの作品が生まれた十九世紀オペラ社会の歴史について、あらためて知る必要などないと決め込んでいる場合が多いのです。現実には、二十世紀に入り、二度の世界大戦の影響もあって、かつての伝統はすっぱりと断ち切られてしまいました。そのため、二十世紀初頭の時点ではごく一般的だった十九世紀に関する知識の多くが、二十一世紀に入れば失われてしまうことでしょう。ところが、実際にはもはや途絶えてしまった伝統を自分たちが継承しているという思い込みがあるばかりに、彼らの目は本格的なオペラの社会史よりも、オペラ・ガイド本に出てくる面白おかしい逸話のほうに向けられていたのです……。日本の読者の皆さんはまだ新鮮な知識欲をお持ちでしょうし、この分野に対する先入観もないことと思います。自分たちとはまったく異質な伝統を理解し、受容するにあたって、これはきわめて重要なことです。その意味で、十九世紀ヨーロッパのオペラ社会史を書いた側の立場からすれば、皆さんこそまさに理想的な読者とさえ言えるでしょう。

 地味な研究書が日本語に翻訳されることになって、「なんでよりにもよってこの本を日本で?」と途方に暮れたヨーロッパ人著者による「日本語版のための前書き」は、ときとして面白いことがある(たとえば『セクシュアリティの帝国』)。

 本書は、まず最初の3章で19世紀のイタリア、フランス、ドイツにおけるその国独自のオペラ事情を解説した後に、4〜6章で「台本作家」、「オペラ歌手」、「オペラ作曲家」というオペラ関係者の地位の変遷をたどり、7章で「著作権」の概念の発達を論じ、8章で「「作品」の概念と著作権、そして契約の形態」について語り、9章で「オペラと政治」、10章で「検閲とオペラ」、11章で「オペラの観客」を論じている。章のタイトルだけを見ても面白そうな内容であることがわかると思うが、実際に面白い。以下では、オペラそのものというよりも、より広い範囲のサブジェクトをカバーする興味深いトピックをいくつか紹介しておく。

 4章の「台本作家」、6章の「オペラ作曲家」、7章の「著作権」、8章の「「作品」の概念と著作権、そして契約の形態」は、19世紀になって、著作権の概念と「作品」としてのオペラの概念がどのように発達してきたかという問題をカバーしている。著者は基本的に歴史社会学者なので、この問題には、オペラの商業化、すなわち資本主義体制への組み込みが、著作権という概念を生み出し、そこからオペラが「作品」として成立しうるという概念が生まれたという論理の流れを使っている。つまり「ビジネスがうまく回らないと、その分野は成熟しない」という話である。この話をサポートするために、19世紀のオペラ・ビジネスのロジックが詳しく解説されていて非常に興味深い。

 9章の「オペラと政治」は、オペラという興行が19世紀に入ってブルジョア化してもなお、高度に政治的なものだったと論じるが、10章の「検閲とオペラ」は、「芸術に対する抑圧としての検閲」として理解されがちな検閲行為が、実はそんなに抑圧的なものではなかったと論じている。これはまさに20世紀の人間が陥りがちな錯覚の一例であり、当時のオペラ製作者たちは、オペラが政治的なものであるということを理解し、受容していたため、国家によるコントロールの範囲内で製作・上演することにまったく疑問を抱いていなかった。このため、「検閲」という行為は、検閲官とオペラ製作者の間でのコラボレーションと表現した方が適切なようなものだった。

 そのコラボレーションがどのような基盤の上で行われたかを説明するのが、10章「検閲とオペラ」と11章「オペラの観客」で、おそらくは本書で最もエキサイティングな部分である。19世紀のオペラの観客は、舞台の上で演じられていることと、自らの生活、すなわちリアリティの間の境界線をそれほどはっきりとは認識していなかった。要するに、オペラという形態は依然としてプリミティブな迫力を持っていたのである。このことは検閲官やオペラ製作者たちの間での諒解事項であり、当時の検閲は、そのように境界線を認識していない観客にオペラが悪影響を及ぼさないようにという配慮の下で行われていた。

 本書には、これとは別の文脈(オペラの観客の振る舞い)で、当時の観客が今日のスポーツの観客のようなものだったという説明が出てくる。つまり、今日のプロ野球やプロ・サッカーの会場に集うファンのように、歌手/選手が良い芸を見せればそれを誉め、悪い芸を見せればブーイングをするというダイナミックなインタラクションがあった。しかしこのアナロジーは、オペラと現実の間の境界線という話にもよく当てはまるように思う。たとえば今日、サッカーの国際対抗試合では、両国のファン同士が暴力的にぶつかり合うということがしばしば起こる。つまりサッカー・ファンは多かれ少なかれ、フィールドの上で行われている試合が自分たちのリアリティの一部であると感じているわけだ。19世紀のオペラはこれに似ていた。そのような文脈で行われた検閲行為は、サッカーの試合のアナロジーを使えば、選手がフィールド上で暴力行為に及ぶと、ファンがそれに刺激されて暴動を起こしかねないので、そのような暴力行為は禁止しましょう、というような配慮に似ていると言えるかもしれない。

2001/1/27

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