血にコクリコの花咲けば

ある人生の記録

森嶋通夫 / 朝日新聞社 / 97/04/25

★★★

読んでも疑問は解消されず

 著者の自叙伝。(予定されている)3部作の1作目だそうで、1936年から1945年までの10年間を扱っている。1925年生まれの著者は、1943年12月に海軍に入隊し、翌年12月に少尉として実戦部隊に着任した。内地の部隊の通信科で暗号士として働き、内地で終戦を迎えた。

 森島通夫といえば日本を代表する知性であるから、太平洋戦争に突入した日本という国をどのように考えていたかは非常に興味深いところだ。この本の前半では高校と大学における知的環境が、後半では海軍における雰囲気がわかる。興味深いことに、著者はどちらかといえば高校/大学よりも海軍の方を居心地よく感じたようだ。

 著者は次のように書いている。「なぜ日本では正義感と物質的幸福が両立しないのに、英国では正義感が、少なくともほどほどの幸福と両立可能であるのか。これが本書のテーマの一つである」(18ページ)。そして、その答えとして、「日本にはそういう各人のプリンシプルが平等な条件で相戦う神聖な場所がないのである」(21ページ)と述べる。そして、自叙伝のこの部分では高校/大学と海軍に、一般論として、そのような場所がなかったと言っているようだ。

 著者のこの戦争に関する大局的な見解はあまりなく、一人のアウトサイダー的な若者としてローカルな事態にどう対処していったかを述べることに力点が置かれている。大西巨人の『神聖喜劇』を思い出させるが、当時こういうことは日本のあちこちの場所でいろんな人々によって体験されていたのだろう。どちらかといえば、そこから一歩先の話を読みたかったのだが、この著者にとってのこの話題は微妙過ぎるのかもしれないという印象を受けた。

 もう一つ。この人の文章は美しい。とりわけ、本論に入るまでのさまざまな弁明が美しいのだが、その調子が学校時代や海軍時代を語るときに微妙にぶれるような感じを受けた。これは文芸作品として読むべき本なんだろう。

1998/6/7

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