犠牲の羊たち

Sacrifice of Isaac

ニール・ゴードン / 徳間書店 / 00/12/31

★★

こけおどし文学指向ミステリ

 著者はこれがデビュー作で、すでに2作目も発表しているようだ。帯には「『シンドラーのリスト』、『朗読者』を超える傑作」とあり、訳者あとがきには「ジョン・ル・カレやグレアム・グリーンの作品と肩を並べる」というような評論家の言葉が引用されている、文学指向のこけおどしミステリ。この場合の「こけおどし」とは、たとえば「彼は恐ろしい試練に耐えなくてはならなかった」という表現を使えば、小説内で描かれるその試練の恐ろしさが増すだろうという楽観的な態度に支えられたその手の表現の多用、という意味。

 ナチス支配下のオーストリアからユダヤ人を何百人も脱出させた人物として、戦後のイスラエルで英雄と見なされるようになった男の2人の息子を中心にした物語。この2人の息子が、強圧的な父親だけでなく、イスラエルそのもののあり方に疑問と反感を抱く「反シオニスト」的な人間であるところに、文学的小説としてのギミックがあり、リビジョニスト的な問題提起の姿勢がある。

 物語の語り手は、その脱出劇に協力したナチスの役人の娘であるのだが、この人を語り手に持ってくるのは小説の構造上そもそも無理があり(なぜこの人は、登場人物AとBの間にこのような会話が交わされたことを知っているのかという疑問があらゆる場所で出てくるだけでなく、自分以外の登場人物の心的状態を描くモードになると明らかに「神の目」からの描写になってしまい、一貫性がない)、もっと悪いことに、必然性が感じられない。

 著者は、ミシガン大学、エルサレム大学、ソルボンヌ大学、そしてイェール大学を転々としている人で、その経歴を存分に活かしてフランス語、ヘブライ語、ドイツ語などを織り交ぜながら、イスラエル、オーストリア、フランス、イタリアなどで物語を進行させている。そういうことをやれば高級感が出るだろうと考えた、ヨーロッパ・コンプレックスのインテリの若書き。

 なお、翻訳は良くない。まだ文体が固まっていないようだ。とはいえ、この手の小説の翻訳はキャリアを積んだ大物も苦労してい(最近では、ジョン・ル・カレの『パナマの仕立屋』。もちろんその他の翻訳もの「現代小説」の多くも)。

2001/2/3

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