夜の記憶

Instruments of Night

トマス・H・クック / 文藝春秋 / 00/05/10

★★★★★

精神的に疲労する小説

 トマス・H・クックは、日本に紹介された当初のものをいくつか読んだ後、読むのをやめていた。本作は2000年度の各種のランキングで高い評価を獲得したようなので、久しぶりに読んでみた。

 「精神的に疲労する小説」の一言につきる。ミステリ小説作家が、50年ほど前に閉鎖的な村で起きた少女殺害事件の真相を探るために金持ちの女性に雇われる。徐々に明らかになっていく謎と並行して、作家当人の大昔の経験が回想されていく。

 このところ、「謎を明かす物語の大団円」にちょっと関心を抱いている。最近での言及については、映画メモの『マイ・ハート、マイ・ラブ』の項を参照。簡単にまとめてみる。読者/観客の想像が及ばないようなサプライズは、(定義上)その瞬間までは効果を持たない。したがって、「謎を明かす物語」の効果を長期にわたって持続させるためには、読者/観客に対してヒントを少しずつ与え、十分に期待を盛り上げていかなくてはならない。つまり、「意外な結末」は、実のところpredictableでなくてはならないのだ。

 本作は、少女殺害事件(a)と作家当人の経験(b)の2つの謎を巡る物語である。(a)の謎の真相はきわめて意外であり、どちらかといえば荒唐無稽で、まともなミステリの題材には適さないほどバカバカしいとさえ言える。ところが、(b)の謎は上で言うところのpredictableなもので、不可避的なエンディングへと向けてどのように進展していくのかが興味の焦点となる。この2つの要素を組み合わせたのは慧眼としか言いようがない。

 この(b)の謎の真相は、本を読み進めていく過程で、読者の頭のなかではっきりと像を結んでいく。これには『マイ・ハート、マイ・ラブ』の仕掛け方と似たところがある。そして、これが1つの「謎を明かす物語」である以上、この小説/映画はこの謎を明かさずにはいられないという期待が受け手のなかで形成されていく。本書でいえば、主人公はいつか必ず(b)の謎を、一緒に調査を行っている女性脚本家に(そして読者に)打ち明けざるをえない、ということだ。ここの部分が、読者に精神的な疲労を与える効果を持っている。

 本書は、上で述べたように(a)の謎の部分が非現実的にすぎる問題を抱えているが、「謎を明かす物語」のきわめて優れた1つの解を与えているということだけでなく、(a)をめぐる探偵ものジャンルとしても興味深く(コリン・デクスター的な試行錯誤)、また何よりも主人公の気質が楽しく(憂鬱バージョンのウォルター・ミティ)、主人公が書いているという設定の小説内小説の描写そのものとその小道具としての使い方が面白い。

 というわけで、これは大変な作家を読み落としていたと思って、あわてて『夏草の記憶』『緋色の記憶』を読んだのだが、この『夜の記憶』の成功は偶然のものだった可能性が高いように思われる。

2001/2/3

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