だれが「本」を殺すのか

佐野眞一 / プレジデント社 / 01/02/15

★★

網羅的だが困った内容

 出版業界の現状を取材したルポルタージュ。『プレジデント』誌に「『本』は届いているか」というタイトルで1999年から2000年にかけて連載された文章を全面的に改稿・加筆したものらしい。章別に書店、流通、版元、地方出版、編集者、図書館、書評、電子出版と幅広いトピックを抑えている網羅的な内容である。

 いろいろと書いたのだが、あまりに品がない内容になってしまったので、いったん全部削除して要点だけを簡潔に記すことにする。

 業界のインサイダーによって書かれた本の限界が露骨に出ている。『激震! 建設業界』の項を参照。「出版業界の証券アナリスト」なるものが存在しないことが、出版業界の不幸である。

 前述のように、網羅的にトピックをカバーしているが、個人的に目新しかったのは地方出版と図書館に関する記述だった。ただし、これらは出版業界の緊急の「問題群」とは直接関係のない話題であるし、本書の記述も鵜呑みにはできない。

 「プロレス記事」のような古いタイプの(新左翼的)ルポルタージュ。このような語り方とは無縁の新しいタイプのジャーナリストとして注目しているのは、『われ万死に値す』『新聞が面白くない理由』の岩瀬達哉なのだが、果たして今後どうなるのか。歳をとり、ジャーナリストとしての地位を確立していくなかでの避けられない変化という可能性もあるのだが、世代の違いという感じもして、よくわからないところではある。

 弱点は鈴木敏文(イトーヨーカ堂社長、セブン―イレブン・ジャパン会長)のインタビュー(103ページ)と、益子邦夫(アカデミー出版社長)のインタビュー(201ページ)に出ている。この2人は、本書に登場する人々のなかで実はおそらく最も重要な、出版業界のあり方について貴重な示唆を与えてくれるかもしれない人たちだと思うのだが、インタビューが「弾まなかった」のだろう、大した突っ込みもできずに通り一遍で終わっている。おそらくこの著者にとって、インタビューとは自分の先入観に沿って盛り上げる会話のようなものなのである。

 出版業界の抱える問題についての私見は、出版業界に関する本の項を参照していただくとして、これまで触れていなかった「客注」の問題について。客が書店で取り寄せを依頼した本がなかなか届かないという問題は、本の流通が抱えている問題の象徴としてよく語られる。しかし「客注」問題そのものは、オンライン書店の登場で基本的に解決してしまっているのである。だから、「客注」問題が象徴している数々の問題の改善を目指すのはよいが、現在のリアル書店を末端とする物流システムで、「客注」そのものを扱うのはもう無理なんではないだろうか。いや消費者は保守的なもので、新しいシステムにはなかなか移行しないという言い方もあるだろうけれども、おおかたの消費者はとっくの昔に書店に取り寄せを依頼することを諦めてしまっているというのが現状なのだ。だから書店での「客注」の扱いが改善されたとしても、自宅やコンビニエンス・ストアや駅で商品を受け取れる他のサービスと競合する新しいサービスとして位置づけられるわけで、よっぽどのウリがないと競争するのは難しいと思う。まあディスカウント・ストアに行ったことがなく、いまだにあらゆるものを百貨店の外商部から買っているというような人も世の中にはいるんだろうけれども。そういうわけで、現在の物流システムがそうであることがよく批判されるけれども、リアル書店を末端とする物流システムは、新しい本や話題の本を効率的に配本するという能力を洗練させるという方向を歩むのが正しいような気がする。

 書店について。本書にも頻出するのだが、よく「金太郎飴みたいな」という形容句が使われる、ベストセラーと売れ線のものばかりが並べられた書店というものを、申し訳ないがこのところほとんど見たことがない。私の行動半径ですでに全滅してしまっただけなのかもしれないのだが(東京23区内だがけっこう田舎)、そうだとすればこれは都市郊外の定常状態ということになるのかもしれない。消費者の立場からすると、通勤通学や買い物の途中に立ち寄れる場所にある、そこそこの大きさの普通の書店が1店または2店あれば、日常的には満足なのである。それ以外の書店が全部潰れたとしても痛くも痒くもないし、その地域全体の書籍の消費量が落ちるということも起こらないだろう。思うに、「金太郎飴みたいな」書店に対する批判の背後には、無意識のうちに、いま存在するすべての(とりわけ努力をしていない)書店が努力して存続するべきだという目標がある。それはたぶん起こり得ないことだ。また、書籍の売上の低迷の傾向は、個々の書店のマーケティングを通して逆転できるという発想がある。つまり、書籍の売上が落ちているのは個々の書店に魅力がない、カスタマ・オリエンテッドでないからだ、という論理だが、これが本当に正しいのか疑問に思う。たしかに本を買いたくなるような書店とそうでない書店がある、ということは認めるにしても、本を買いたくなるような書店で本を買ったら、その分だけ他の書店で本を買わなくなるだけだ。結局のところ、書店は縮小しつつある市場でマイナス・サム・ゲームをしており、各プレイヤーにとっての有効な戦略は、必ずしも市場規模全体の押し上げにはつながらないかもしれないのである。もちろん、個々の書店が生き残るためには、カスタマ・オリエンテッドネスを追求していくしかないのは当然のことだ。

 そして実のところ、「ベストセラーと売れ線のものばかり」を並べるのは、ある意味でカスタマ・オリエンテッドネスの1つのあり方ではあるんである。多くの外国で行われているように、雑誌に加えて売れ線のペーパーバック(文庫)がキオスク(コンビニエンス・ストア)にシステマチックに配本されたら大変な脅威になる。その意味で、上記のセブン―イレブンとアカデミー出版は凄いポテンシャルを持っている。24時間営業しているセブン―イレブンにアカデミー出版の本が置かれていたら、この手の本を読む人が衝動買いをする確率はきわめて高くなりそうだ。もちろんロマンス小説があってもいいし、トマス・ハリスあたりのクラスの娯楽小説も対象となる。

2001/3/17

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