日本がアメリカを赦す日

岸田秀 / 毎日新聞社 / 01/02/20

★★★

まあ相変わらずではあるが

 著者の「唯幻論」を、日米関係に焦点を絞って適用している、著者にしては珍しい(と思われる)書き下ろし。口述原稿をもとにしたものらしく、文体に揺れが見られる。内容は相変わらずまったく同じ。この読書メモでは、著者の本としては他に『二十世紀を精神分析する』を取り上げている。

 私は精神分析の用語が出てくるだけで困惑する頑固な(しかしオポチュニスティックな)行動主義信奉者であり、本書のあちこちに書かれている彼流の「唯幻論」はもちろんのこと、そのベースとなっている(変更済みの)精神分析の理屈も読んでいるだけで疲れてくる。しかし、それが日米関係のような国と国との関係に適用されると、岸田秀はまっとうな「文明論者」に見えてくるのである。

 実に不思議なことだ。巻末の補論にまとまった文章があるけれども、著者にとっては、個人を対象にしたフロイトをベースにした精神分析こそが出発点であり、権威であり、あらゆる論考の根拠であって、その国とか文明への適用は理論の延長なのである。つまり、彼の文明論、文化論は精神分析を担保としている。だが、そんなものを担保にしたら全体がダメになると思いきや、私にとってはむしろ延長されたものの方が説得力がある。なぜだろうといろいろと考えていたのだが、次のような結論に達した。私は、人間の心は精神分析で使われるような用語で説明できるほど単純なものではなく、もっと複雑な物理的プロセスなんであると思っている(ここ、「単純」と「複雑」を入れ替えても別にかまわないが)から、個人に適用される精神分析に異議を唱えたくなるのに対し、文明とか国は観念として捨象しないと語れないわけで、その捨象されたレベルは、著者の唯幻論の語りのレベルと合致していると感じているのだと思う。

 日米関係論は以前から著者の大きなテーマの1つであり、本書はこれまでの著書の内容の再生産であるけれども、読んでいて改めて強い印象を受けた。これが「正しい」かどうかはもはや無関係で、戦後焼跡派の1人の人間がどのように世界を認識しているかということについての記録として貴重だと思う。これはまた、日本が世界に知らしめるべき思想であるとも思う、とちょっと大胆に言ってみたくなる。日本という国が、世界に対してなぜときどき奇怪な反応を示すのかということの説明として。たとえばチャルマーズ・ジョンソンの『アメリカ帝国への報復』は、アメリカ人の手による、この分野のトピックに踏み込んだ珍しい例だったけれども、岸田秀はこれと同じジャンルでの日本側のリソースになりうる。こんなことはアメリカ人も承知なんである、というのは甘い考えで、彼らは本当に気づいておらず、『アメリカ帝国への報復』のような視点は本当に斬新なのだという可能性が高い。

2001/3/24

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