虹の解体

いかにして科学は驚異への扉を開いたか

Unweaving the Rainbow: Science, Delusion and the Appetite for Wnder

リチャード・ドーキンス / 早川書房 / 01/03/31

★★★

うー、方針転換か?

 リチャード・ドーキンスの1998年の著作。最初に断っておくが、私はドーキンスの著作は『ブラインド・ウォッチメーカー』までしか読んでいない。ドーキンスと、本書でも批判の槍玉にあがっているグールドのどちらが好きかというと、ドーキンスの方がずっと好きだ。だが、本書は違和感バリバリだった。

 本書は、生物学が中心軸にあるとはいえ、科学一般についての啓蒙書となっている。行動生態学者が自らの専門分野について挑発的なことを言うというこれまでのスタンスとはうってかわって、科学一般についての文学的香りの高いエッセイでもって、科学的教養のない人を啓蒙するという目的の「と学会的」本になっているのである。その話題の広がりは、競争相手であるグールドのフィールドを一気に飛び越えたという感じだ。

 飽くまでもそういう本として見た場合、本書は目的を果たすことがあらかじめ不可能な本という感じがする。本書の「啓蒙的」な部分は目新しいものではなく、もっと穏当に書かれた類書がたくさんあるだろう(しかも、本書の記述には浅いものが少なくない)。そして文学的香りを持たせるエッセイという点では、グールドの方にやはり分がある。権威になっちゃった科学者の思いあがりととらえるか、不慣れな分野にチャレンジした意欲作ととらえるかは人によって異なるだろう。

 あまりきれいな構成になっていないので確信は持てないのだが、著者には自分が不満を抱いている科学の現状(一般人の間での科学的教養の軽視とか、まあそういうやつ)を、行動生態学の人間への適用、要するに進化心理学みたいなものと、ミーム論によって説明したいという目論見があるようだ。そしてその上で、著者が「良い」と思う「ポエティックなサイエンス」なる倫理を打ち出して、それを宣伝したいという思いがある。注意しなければならないのは、後者があくまでも「倫理」であり、いかなる科学的基盤も持たないものであるということだ。だからこれを主張するために、自らの文学性みたいなものをベースにせざるをえなかった。もちろんこの2つの要素(分析と倫理)はそれぞれに興味深いトピックなのだが、どちらについてもドーキンスはあまり言うべきことを持っていないように思えた。これまでのドーキンスが、強力な「言うべきこと」を持っていたということの裏返しではあるんだが。

2001/4/19

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