セクシュアリティの帝国

近代イギリスの性と社会

Empire and Sexuality: the British Experience

ロナルド・ハイアム / 柏書房 / 98/05/30

★★★★

大英帝国の植民地を視野に入れた近代のセクシュアリティ論

 近代英国の性を扱った、まっとうな歴史学の本。この時期の英国に関する本は、どんな主題のものでも、面白いことが多い。これは、この時期が面白いということ以上に、この時期を面白いと思っている研究者が現代には多い、ということなんではないかと推測しているのだがどうだろうか。

 この本が興味深いのは、英国本土だけでなく、大英帝国全体における近代英国の性を対象にしている点である。したがって、(ヨーロッパ以外の)英国の植民地となっていた地域を含む、当時の発展途上国の文化との相互作用と、それらの文化への近代英国の性倫理の輸出という問題が重要な意味を持ってくる。この問題を本格的に扱った本はいままでに読んだことがなかった。

 第一章「導入 - 課題と方法」には、歴史研究における性というサブジェクトの扱い方についての著者の見解が記されているが、これがやたらに面白い。要するにきわめてリベラルかつ厳密である。この部分を読んだだけで、まともな本だということがわかる。のだが、「日本語版のための序」には次のように書かれている。

……本書の中で日本は幾度も言及されており、したがって本書が日本の読者の目に触れるのは妥当なことであると思われる。しかし私としては、本書の中で扱われているより大きな枠組みについても、日本の読者が楽しんでくれることを期待している。人間のセクシュアリティは我々すべてに関わることがらであり、また私は、(インド、スリランカ、香港、フィリピンといった)アジアの諸地域を旅行した後、こうしたトピックについて西欧世界がアジアから学ぶべきことは多い、との確信を抱くに至った。西欧において本書は多くの人々から論争的だとみなされている。しかし私は、日本の読者がそれを共感をもって迎えてくれるであろうとの自信を持っている。

 この中の「論争的だとみなされている」はたぶん"controversial"で、まあ要するに「眉唾だと思われている」(これだと少し強すぎるが)のだが、日本の読者であれば「共感をもって迎えてくれる」だろう、つまり「思い当たることがある」と思ってくれるだろうと考えているというわけである。これは、アメリカ人が忍者ものの映画を日本に輸出して、日本でそれがあたたかく受け入れられるのを期待するというのと少し似ている。

 『日本人が書かなかった日本』でも大いに強調されているように、ある時期の西欧人にとって日本という国は性のパラダイスであったが、これをこの本の文脈で見れば、大英帝国の支配下にあるアジア・アフリカ地域のあちこちに出向いている日本人出稼ぎ売春婦の質の高さをベースに、一番東にあるすばらしい国という神話がいっそう強化されたのだろうと推測される。当然、日本人はこれについていろいろと言いたいことがあるだろうが、そこから考えても、この『セクシュアリティの帝国』には、カウンターパートとして、インド人やアフリカ人の手で、これと同水準の視点で書かれた歴史書が何冊か必要になることがわかる。

 以下、いくつか興味深い事柄のメモ。

 なお、訳書あとがきは、微妙な問題をなんとかうまく説明しようとして苦労している様子がうかがえる。10行ぐらいの文章を書いたあとで、これはちょっとくどいと思って1行にまとめた、というようなことが何度かあったのではないかと思う。

1998/6/12

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