CODE

インターネットの合法・違法・プライバシー

Code and other laws of Cyberspace

ローレンス・レッシグ / 翔泳社 / 01/03/27

★★★★

興味深い

 著者はアメリカの憲法学者で、サイバースペースの法律の問題に積極的に関わっている人。扱っているトピックは幅広いが、煎じ詰めれば、サイバースペースの自由を主張するリバータリアンに対する反論と注意喚起の本ということになるだろう。市場経済の素朴なリバータリアニズムに対する反論として、自由競争は市場に対する規制によって保証されている、と論じるのと同型である。

 タイトルの「コード」は、コンピュータ言語の「コード」だが、サイバースペースを構成するハードウェアとソフトウェアのデザインとインプリメンテーションのことである。そして、サイバースペースの自由を論じる者が「政府からの」あるいは「コマースからの」自由を重視しがちであるのに対し、サイバースペースにおける人間の振る舞いはコードによって制御される部分が大きいことを指摘し、このコードの行く道を決定するのはコマースであり、コマースのインタレストはアメリカ合衆国憲法に記されているような米国民の理想と必ずしも一致しないし、司法も立法も(それぞれの歴史的事情から)これに干渉できないので、行政がこれをコントロールせざるをえない、という論理の組み立てになっている。そして、サイバースペースの構成員の1人として、この行政はサイバースペースの構成員が政治的な運動として実現しなくてはならないと呼びかける。

 サイバースペースのコミュニティに参加したことのある(そしてちょっとばかし苦労をしたことのある)人ならば、「コード」が人間の振る舞いを左右するという主張は非常によくわかるだろう。そして、個々の局面では、自分の価値観に基づいていくつかあるコードの中から選択を行うけれども、長期的に見ると、選択肢全体のセットが、本書で「商業」と呼んでいるロジックに従ってシフトしていっているように思えるという体験は、誰もがしているはずである。で、ほとんどの場合は仕方がないと諦めるわけだが、どこかの時点で、このシフトがわれわれの(というかアメリカ合衆国憲法の)根源的な価値観と抵触する場面が出てくるが、司法と立法が有効な手だてを取れないうちに、それが「するっ」と受け入れられてしまう可能性がある。本書は、そのような事態を検出するための道具と、打開のための道具を提供しているということができる。

 アメリカ以外の国から見ると、著者が擁護するような合衆国憲法の根源的な価値観と、それから逸脱する可能性のあるコマースは、どちらもアメリカ的なものであり、この2つがセットになって文化帝国主義的な拡大を行っているという風に見えるかもしれない。著者は連邦の成立を引き合いに出して、インターネットを媒介としての民主的な世界政府みたいなアイデアを出している。なんか嫌な感じもするが、これに乗らないとメキシコのようになってしまう、ということだ。

2001/5/17

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