がん専門医よ、真実を語れ

近藤誠 / 文藝春秋 / 2001/05/10

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 1997年に出版された単行本が文庫化されたもの。著者が1996年に出版した『患者よ、がんと闘うな』に対する反響をまとめた本で、対談や新たなエッセイなどが収録されている。この読書メモで取り上げている本では、『私は臓器を提供しない』に著者の文章が収録されている(臓器移植の問題点を論じる、非常に良いエッセイだった)。『ハゲ、インポテンス、アルツハイマーの薬』(いい本だった)の著者、宮田親平によるインタビューが2編ある。他にも、柳田邦男(『脳治療革命の朝』『この国の失敗の本質』)、広河隆一(『原発被曝』)との対談があるが、やはり興味深いのは他の医師たちとの議論である。

 「まえがき」から、『がんと闘うな』の主張なるものを引用しておく。

(1) 日本のがん治療には、他の治療法で十分な場合にも手術が行われているという手術のし過ぎの現状があり、合併症・後遺症がひどい拡大手術が横行していて、手術死も多い。
(2) 抗がん剤が有効なのは全がんの一割でしかないのに多くのがんに使われており、使い方が拙劣で副作用死も多い。
(3) 患者の同意なしに臨床試験(治験)が行われており、死者も出ている。
(4) 終末期医療の内容がおそまつであり、患者が必要以上に苦しんでいる。
(5) がん検診は有効性が証明されていない一方、害や不利益が山のようにある。
(6) 形態学的に「がん」とされるもののなかには、性質上がんとはいえない「がんもどき」がある。

 こういう主張を現職の医者がかなり戦闘的な態度で行ったので、それに対する反発も大きかった。(1)〜(4)は一般的に言われることだが、(著者のようにねちっこい、というかコミットしている)医者が言っている点に価値がある。(5)は「検診の利権」に切り込む指摘なので反発は非常に大きかったようだ。この問題は、欧米流の医療マネジメントとか疫学関連の話を知っている人にとっては周知のことだろうが、日本には日本独自の「常識」があり、そのせいで著者は異端の人となった。(6)は未確立の仮説で、著者自らはこれを「早期発見説」、すなわちがんは早期発見すれば治る確率が高いという「仮説」の代替仮説として位置づけている。「がん検診不要説」の根拠としてだけでなく、「早期発見説」をポジティブに支える証拠が存在しないことを明確にするための議論の道具というような意味合いもあるわけだ。

 これらの具体的な主張はそれぞれ興味深いが、基本的には真偽が(いまは不可能でもいつかは)判定可能な主張であり、さっさと結論を下して適切なアクションをとってもらいたいものだとしか言えない。本書の(また著者の他の本の)もっと重要な点は、医療はそれを受ける人がリスクとベネフィットを勘案して選択する主体的行為なのだという根本的な思想を、「がん」やその他の具体的な問題に適用した例を示してくれているところだろう。『医者が患者をだますとき』は、アメリカで20年以上も前に発行された本なのだが、インフォームド・コンセントと患者の主体性という文脈では、情けないことにいまの日本にちょうど合っている内容だった。

2001/5/24

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