出版のためのテキスト実践技法

執筆篇

西谷能英 / 未来社 / 01/04/20

★★★

複雑な感慨

 著者は未来社の代表取締役で、野沢啓というペンネームでいろいろと書いている人でもある。本書は「執筆篇」で、「編集篇」が予定されているとのこと。執筆者を対象に、テキストの「作法」を論じる。帯には「出版業界初の提言」とあるが、具体的に書かれている内容は10年以上前から一部で言われ、実践されてきたことに過ぎない。つねづね言われてきたように、この分野では旧来の「出版業界」が特に遅れていた。いろいろと理由は考えられるが、資金と人材の面でテクノロジーに投資するだけの余裕がなかった、というのが真実ではないかといまでは思っている。

 本書の提言の大筋には賛成だが、論理の不徹底なところを指摘させてもらうと。たとえば54ページの「英数文字は半角が基本」で、英数字には1バイト文字を使うのが基本であると述べ(もちろん賛成)、ただしこれには例外があって、「和文脈のなかで外国人名のイニシャルや組織の略語などを示す場合」には2バイト文字を使用せよと述べている。たとえば「M・ウェーバー」、「NHK」などでは2バイト文字を使用すべきだと言うのである。しかし、私は、この種の変換は編集工程で一括して行うのが正しいアプローチであると考えている。これに似た他の例として、1バイトの数字と2バイト漢数字の使い分けとか、「…」を1つ使うか2つ使うかなどは、編集工程の段階でperlなどのスクリプト言語を使って一括変換が可能だ。

 なお、59ページで特殊文字の指定方法についての「案」が記されているけれども、執筆者の入力の段階では、もっとちゃんとしたマークアップ言語を採用するのがいいのではなかろうか。

 もう1点。索引の自動生成を前提とした執筆テクニックとマークアップも考慮に入れた方がいいと思う。これは「検索」されることを念頭に置いたオンライン・テキストの執筆においてもっと重要になることではある。Web全体を対象とする検索とは違って、完全なコントロールが効くコンテンツ(あるいは「本」)を作成するときには、執筆者が最初からこのことを念頭に置いて作業を進めると効率が向上する可能性がある(特に検索項目の重み付けを行う場合は)。

 まあテクニカルな話はそれ自体で面白く、きりがないのだが、本書を読んで改めて思ったのはWorld Wide Webのインパクトの強さだった。思えば10年以上前、この手の話題に強い関心を抱いていた頃は、本書と同じように、いかにして執筆者に統一されたルールに従ったテキストを作成させ、それにどのような変換処理を加えて下流工程に流すかという観点でしかものを考えていなかった。ところがWorld Wide Webを実際に使うようになって、プレゼンテーションが保証されないということと、ハイパーテキスト的な読みをされるということの方がずっと重大な関心事になった。その前からSGMLやそれに類したマークアップ・ランゲージを使ってテキストを書くことはあったけれども、やはり「特定のアウトプットがきれいになるようにテキストやタグを変える」というような微調整はやっていたのである。ただ、『正しいHTML4.0 リファレンス&作法』の項に書いたように、World Wide WebとHTMLの実態は、どちらかといえばプレゼンテーションを固定化しようという意志に強くドライブされており、今後もその趨勢は変わらないような気がするのだが。

 そのような関心のシフトがあったため、本書のような問題意識にはあまり切実さを感じなくなった。たとえば、執筆者となる資格の条件の1つとして「HTMLを書けること」というものを課してしまってもいいのではないか。印刷機とのインターフェイスとかDTPプログラムへのインポートの仕方などを考えなくても、ブラウザで読むということにしまっていいのではないか、などと最近では思う。もちろん、本書に書かれているような工夫は、出版社の経営者ならばとうぜん追求すべき合理化ではある。

2001/6/7

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