教育言説の歴史社会学

広田照幸 / 名古屋大学出版会 / 2001/01/05

★★★★★

 『日本人のしつけは衰退したか』の著者が、「しつけ」だけでなく、もっと幅広い教育関連の言説を論じている観念史。実証的な歴史研究と、「カルチュラル・スタディ」っぽさの入った論考が含まれている。

 第I部「〈教育的なるもの〉の系譜」では、「教育的」という言葉の使われ方の変遷を追い、規範的な含意を持つ「教育的」という言葉がどのように使われてきたかを論じている。第II部「選抜をめぐる言説史」では、「個性」という言葉の使われ方の変遷、「早期選抜制」の意味の変化、「学歴主義」の変化を追う。第III部「社会化言説をめぐる諸問題」は、『日本人のしつけは衰退したか』で扱われていたようなトピックを含む幅広い問題について、「実は違うんですよ」タイプの議論をしている。

 『日本人のしつけは衰退したか』の項にも書いたのだが、歴史を論じるときにステレオタイプに依拠し、現在の状況を論じるときにステレオタイプを相対化するという姿勢をとっているんじゃないかという違和感は本書にもあった。これは扱う問題の対象によっては、いかんともしがたい制約ではあるだろう。1980年代後半以降の変化を論じるベースにはならなさそうだという印象も前著と同じである(ただしトピックによっては現在をカバーできる射程を持っているものがある)。

 あと、「実は違うんですよ」タイプの議論でどうしても感じる違和感は、実態にそぐわないように見える観念が、実は社会の変化の前兆を読み取っているのではないかという可能性と、社会に流通する観念が実態に影響を与える可能性に目を向けていないように思われることである。フランシス・フクヤマの『「大崩壊」の時代』は、戦後の先進国各国のさまざまな社会的パラメータを比較していたが、あれからわかるのは、戦後の日本がいろいろな意味で異様なほど安定していたということだ。しかし、それが今後も日本社会が安定した推移をたどるという保証にならないことは当然のことである。事実の裏づけのないヒステリックな主張に反論するのはよいが、その手の反論は往々にして日本社会の安定性に過度の信頼を寄せているように見える。

 なお、翻訳語秘話の1つとして、広田栄太郎が大槻文彦の談話を引用して書いたという文章を孫引きしておく。「〜的」という言葉がどのようにして生まれたかという話である(32ページ)。

……此の的の字を、かやうに用ゐるやうになつたには、原因が無くてはならぬ、原因、大いにありである、其原因は、かやうな訳である、明治維新の初に、何でもかでも、西洋々々で、翻訳流行の時があッた、諸藩で大金を出して、洋学書生に、何原書でも翻訳させた、其頃、拙者が知ッて居る人々で、善く翻訳をして居たは、柳川春三、桂川甫策、黒沢孫四郎(河津祐之の事) 箕作奎五(菊池大麓君の兄さん)、熊沢善庵、其他、某々等であッて、拙者なども、加はッて居た、さうして、不思議なことには、此仲間が、大抵支那の小説、水滸伝、金瓶梅などを好んで読んで居た、或る日、寄合ッて雑談が始まッた、其時、一人が、不図、かやうな事を言ひ出した、Systemを組織と訳するはよいが、Systematicが訳し悪くいticという後加えは、小説の的の字と、声が似て居る、何と、組織的と訳したらば、どうであろう、皆々、それは妙である、やッて見やう、やがて組織的の文で、清書させて、藩邸へ持たせて、金を取りにやる、君、実行したのか、うゝ、それは、ひどいではないか、何に、気がつきはせぬよ、などといふ戯れであッたが、扨此の的の字で、度々、むづかしい処が切り抜けられるので、遂に、嘘から真事といふやうな工合で、後には、何とも思はず、遣ふやうになッて、人も承知するやうになッたが、其根を洗へばticと的が、声が似て居るからといふ事で、洒落に用ゐた丈の事で、実に棒腹すべき事である、……

 大槻文彦「文字の誤用」(1901年)を引用した、広田栄太郎『近代訳語考』からの引用だとのこと。

2001/6/7

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