コンタクト

Contact

Robert Zemeckis / Jodie Foster,Tom Skerritt / 1997

根源的なところで勘違いがあるだけに、『アルマゲドン』などのバカ映画よりもはるかに悪質

 カール・セーガン原作、ロバート・ゼメキス監督、ジョディー・フォスター主演のリアリスティックなSF映画。

 これはそもそも原作が悪い。科学と宗教の素朴な対立観。これじゃ科学者の側の宗教者の側も怒るだろう。

 だいたい、初の長距離宇宙旅行だというのに「時計」を持っていくことを忘れるとは何事か。ビデオに写っていたのがホワイト・ノイズだけだったということだけで安心して、その記録時間をちゃんとチェックしないとは何事か。

 そのように、根本的な問題を抱えている映画のなかで、ジョディー・フォスターが気張った演技をする。彼女の近年の演技はひたすら重苦しく、何か偶然にうまくハマらない限り、重苦しい映画をさらに重苦しくするだけだ。この点でロバート・デニーロによく似ている。もちろんうまくハマる映画はないわけではなく、『ネル』なんかはとても良かったんだけど、この『コンタクト』の頭の悪そうな科学者を熱を込めて演じられてしまうと、もっと鈍い感じの役者の方がはるかに気楽に見られただろうという感想が残るだけ。

 なお、カール・セーガンに関する個人的な思いを書いておく。私はこの人は、日本の火の玉学者である大槻教授と同じような意味合いの浅薄な扇動家だと思っている。科学に関する硬直的な見方を表明することで世直しをするという戦略を取っているのだが、その見方は結局は間違っているので、微妙な局面で世の中に害をなすのである。この映画(と原作)はその一例だ。

1999/10/16

 盲目の天文学者を演じるウィリアム・フィクトナーは注目株。『アルビノ・アリゲーター』と対照すると、とても器用な人だということがわかる。この映画では、いくつかの映画のクリストファー・リーヴスを思い出させるような清潔な役柄を演じている。

1999/10/22

 この映画の「素朴な対立観」に関する批評をweb上に発見。

 ちょっとコメントしておくならば、科学における実証主義は後づけの実証主義で良い。というよりも、科学理論とはつねに後づけで実証主義的に再構築されるものである。また現代科学における「民主主義」は国家予算の配分プロセスに関わる問題である。ジョディー・フォスター演じる科学者が私的な財団から金を貰って研究を続けたこと、彼女が宇宙船の搭乗者として選ばれなかったことは、(カール・セーガンにとっては)民主主義が失敗したというエピソードなのだ。これは冷戦の終焉というよりもむしろ冷戦のさなかでの軍事予算の配分から出てきた問題意識という側面の方が強い。まあ厳密に軍事予算の問題とはいえないけれども、宗教的/反知性主義的な傾向に警鐘を鳴らすというCSICOPの運動の背後には、冷戦下での(いちおう表面的には唯物論の立場をとる)ソ連との対立を巡る焦りが大きく存在しているように思われる。

 カール・セーガンは、こういうことは承知の上で、自らの利益のために素朴な科学観を宣伝した。科学者であればこの素朴さに気づいて巧妙に対処するはずだが、この映画の製作者たちは素朴な論理をそのまま受け入れてしまったのだろう。これがまさに、CSICOP/Japan Skeptics流の啓蒙活動が抱えている危険性なのである。彼らの論理をそのまま貫徹するならば、上の批評の作者が書くように、ジョディー・フォスターがやっている研究活動は、彼らが批判するような活動とまったく同じレベルの反知性的なものに他ならないわけだし、彼女の研究に対して国家予算がつかないのは(彼らが超心理学を批判するときに使うような論法に則れば)まったく正当なことである。でも、彼らが非難するところの無知な大衆は、反知性的な運動(この映画では宗教が仮想敵に使われているが、それ以外にもいろいろあった)を盲目的に受け入れるのと同じように、彼らが主張した素朴な科学観も盲目的に受け入れる。すると、こういうわけのわからない映画ができあがるのだ。

 私は、かつては彼らのダブル・スタンダードに猛烈な怒りを感じていたのだが、最近は諦念に甘んじている。結局のところ、私の怒りは「正しい科学がなされるべきだ」という信念に基づいているのだが、実のところこの信念にも「正しい科学がありうる」という無邪気な思いこみがある。また、「科学は効率的になされるべきだ」という信念もあるのだが、これには「科学はできる限り速く進歩するべきだ」という思いこみがあって、この部分をあまり信じられなくなってきた。私が保守的になったということなんだろうけれども、変化が遅いこと自体にはそれなりの利点があるということを素直に認めることにしたのだ。日本で低容量ピルの解禁が遅れたためにAIDSの流行を遅らせることができている、みたいなエピソードにそれなりに感動する、と。

 『科学の終焉』は出来の悪い本ではあるが、冷戦末期〜終了後の科学観の揺れをそのまま反映していて興味深いかもしれない。

1999/11/14

IMDBの該当ページへ

検索ページへ 目次へ 前へ 次へ