アメリカン・ビューティー

American Beauty

Sam Mendes / Kevin Spacey,Annette Bening,Thora Birch,Wes Bentley,Mena Suvari,Peter Gallagher,Chris Cooper / 1999

★★★

うーん、冷静な判断ができない

 珍しく過度な期待を抱いて、ロードショーを見に行ってしまった。その結果、なんとも収まりのつかない気持ちを抱いて映画館を出ることになったし、いまもこの困惑には変わりがない。

 アネット・ベニングが出ていることだし、ケヴィン・スペイシーも久しぶりに「当たり」の役を演じているようだから、標準以上の期待は抱いてもいい映画ではある。しかし今回はそれにも増して、「アカデミー賞」とか「現代社会の病理を描いた社会派的問題作」みたいな宣伝文句が、いつもはそういうのを遠ざけようと努力しているにもかかわらず、耳に入ってきてしまったのだった。この分のバイアスが、実際の映画を見たときの落差になってかなりネガティブな感想を抱いたのだけれども、このバイアスがなければもっと気に入ったかもしれない。まだ見ていない人には、2、3年後にみんながこの映画のことを忘れたころにビデオで見ることをお勧めする。

 監督のサム・メンデスは『リトル・ヴォイス』のオリジナルの舞台版を作った人。この映画はひどかったが、オリジナルの舞台は素晴らしいものだったと推測される。その点では、映画監督としては新人だとはいえ、かなり信頼の置けそうな人ではある。ちなみに、イギリス人だ。

 郊外に住む中流階級のケヴィン・スペイシー、アネット・ベニング、トーラ・バーチ(子役出身。『パトリオット・ゲームズ』や『いまそこにある危機』でライアンの娘役で出ている)の家族の崩壊の物語。隣に引っ越してきた若者がウェス・ベントリー(大きな役はこれが初めてか)、その父親の海兵隊員がクリス・クーパー、ケヴィン・スペイシーが恋心を抱く高校生がミーナ・スヴァーリ(このところ売り出し中。『コレクター』に、たぶん誘拐される女性の1人として出ている)、不動産王がピーター・ギャラガー。

 ケヴィン・スペイシーは中年の危機、アネット・ベニングは女性の社会進出に伴うストレス、トーラ・バーチはハイティーンの危機と、それぞれを襲う危機はいたって平凡なものだ。いや実際見たら驚くと思うが、この部分にはびっくりするほどひねりがない。ミーナ・スヴァーリの役柄も伝統的なもの。ひねりが入っているのは、隣に引っ越してきたクリス・クーパーとウェス・ベントリーの親子。その意味では、この映画はこの2人を主人公にした映画といってもいいぐらいではあるし、もしこの映画に「考えさせる(thought provoking)」な要素があるとしたら、この2人にしかそれはない。でも、本当にこの映画はそういうものなのだろうか?

 ちなみに、"thought provoking"な要素について。これは映画とは関係のないものであり、すべて無視するというのが私の基本的なスタンスである。しかし今回ばかりは、この映画の宣伝のされ方を知ってしまっている以上、無視するのが難しくなったし、そういうのを知らずにこの映画を見ることができたらどれほど良かったろうと悔やんでいるのもそのせいなのだ。というわけで、以下に書くことはかなりダサいものになる可能性があるが、今回ばかりは見逃していただきたい。なお、ネタばれが含まれているので注意。

 さて、冷静に考えてみよう。すでに述べたように、主人公の家族を襲う危機はきわめて平凡なものだし、その行く末もいたって当たり前で、ショッキングな要素は何もない。ドラッグ? この映画で使われているのはマリファナだけ。しかも、ケヴィン・スペイシーが値段が高くなったことをボヤいていることからわかるように、彼らの世代にとってこれはおなじみのものなのだ。ウェス・ベントリーがピンク・フロイドを聴いていることを知ってケヴィン・スペイシーが喜ぶシーンもこれに対応している。銃? この映画で問題となる銃は、隣人のクリス・クーパーが所有していた銃であるが、彼は海兵隊員であり、ちょっとばかし狂っているとはいえ、カギを掛けた棚に保管しているぐらいだから、法律を遵守するまっとうな市民なのである。未成年のセックス? トーラ・バーチとウェス・ベントリーのカップルは、人もうらやむようないい関係に見える。ケヴィン・スペイシーとミーナ・スヴァーリの関係は、アメリカでは問題になりうるが(日本では別にどうってこともないが)、映画の中では決してスキャンダラスな方向には向かわず、むしろ反動的(と言うのは変か)な、観客を安心させるような結末を迎える。アネット・ベニングの情事? やたら平穏な解決を迎える。

 一方、平凡ではないこと。ゲイ。この映画での同性愛の扱い方はきわめてリベラルなもので、そこらのゲイ・ムービーをはるかに凌駕する良心的な描写だった(たとえば『イン&アウト』と比べると明快で誤解の余地がない)。クリス・クーパーのこのテーマへの絡み方はよく考えられており、前半で描かれるステレオタイプ(近所に住むカップル)の欠点を修正したといっていいと思う。そしてウェス・ベントリー。ビデオによる盗撮、ドラッグ・ディーリング、精神病院への入院の前歴、映像への執心といったさまざまな「問題」を抱えた若者が、その実は「アメリカン・ビューティー」を理解する感受性を備えた、この映画で一番センシティブな人間として描かれる。上にも述べたように、クリス・クーパーとウェス・ベントリーの演じる2人の人物像だけは(少なくともアメリカ映画というコンテキストの中では)斬新なのだ。

 こういう理解のしかたが、世の中の宣伝とはかなり乖離していることは間違いない。でも、いったん世の中で言われていることを忘れて、私なりの「社会派」的解釈をするならば次のようになる。この映画は、若者の正しい感受性を賞讃するというきわめてオーソドックスなタイプの映画である。ウェス・ベントリーは外見的には問題児であるが、父親を殺してくれと言うトーラ・バーチをたしなめるところからもわかるように、この映画の中で一番まっとうな感受性を持った人間だ。そして、トーラ・バーチにはそのような問題児を受け入れるだけの正しい鑑識眼がある。ミーナ・スヴァーリは、ごく普通の悩めるハイティーンだったというオチによって、このような若者観を強化する。一方、中年の危機に関しては、「諦めろ。日常に美を見いだせ」というメッセージを発する反動的かつ楽天的な映画だ。

 このウェス・ベントリーの人物像は、最近見た『パラサイト』でジョシュ・ハートネットが演じた不良少年を思い出させる。あの不良少年も、ドラッグ・ディーリングをやっており、同級生よりは年長で(あちらでは留年。こちらでは精神病院への入院歴)、自宅に人を驚かせるようなコレクションを持ち、現実から距離を取った冷静な判断をする。アイデンティティの危機にさらされず、映画の中でいかなる意味でも「成長」しない。そういう若者が、大人を(あちらでは学校の先生を、こちらでは親の世代を)クールな目で見つめ、従順さと反抗をうまい具合に使い分け、自らの利益に沿った行動をする。そういう人物像は私にとっては「望ましい」ものなのだが、果たして世の中ではどうなのだろうか。

 一方、「中年の危機」を描いた映画としての反動性と楽天性は、他の類似する映画を見れば明らかだろう。とっさに思いつくのは『アイス・ストーム』だが、ここまで本格的なものに言及しなくても、もっとエンタテインメント指向の映画であってもこの『アメリカン・ビューティー』よりはひねるはずだ。何よりもこの映画では、主人公はかなり素直に若者返りをするだけで、暴走という感じはまったくない(マリファナもワークアウトも転職も、徹底的にポジティブな体験として描かれる)。

 というわけで、ダサいことを書いてしまった。

 ケヴィン・スペイシー(『交渉人』)は、濃い演技がうまい方向に働く映画に出会ったといえると思うが、実はコメディ・タイプの出来レース。アネット・ベニング(『真実の瞬間(とき)』『めぐり逢い』)は、ファンとしては嬉しい限りの新境地。シャーリー・マクレーンを思い出させるようなコミカルな過剰演技。クリス・クーパー(『モンタナの風に抱かれて』『ブレストマン/豊胸外科医』『真実の瞬間(とき)』にも出ているようだ)は、この映画を救ったともいえる熱演で感激。ピーター・ギャラガーはぱっとしない役柄ばかりで、この映画も例外ではないが、TVでは活躍しているようだ。

2000/5/2

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