罠にかかったパパとママ

The Parent Trap

David Swift / Hayley Mills,Maureen O'Hara,Brian Keith,Joanna Barnes,Leo G. Carroll / 1961

★★★★★

完成品

 大傑作の『ファミリー・ゲーム/双子の天使』のもととなった映画。監督・脚本はデヴィッド・スイフトは、デビュー作の『ポリアンナ』"Pollyanna"でヘイリー・ミルズとすでに組んでいる。『ちょっとご主人貸して』とか『努力しないで出世する方法』など、軽い感じのシチュエーション・コメディを作っていた人だが、作品数はそう多くなく、活動は1960年代で終わっている。

 この映画、コメディとしての出来は正直いって『ファミリー・ゲーム』よりも良いと思う。『ファミリー・ゲーム』はスイフトの脚本をもとに作られているが、改変した部分が『ファミリー・ゲーム』のストーリー上の弱点となっていることがはっきりとわかるのである。しかし、映画としては私は『ファミリー・ゲーム』の方をとる。

 この2つの作品を比較すると、『ファミリー・ゲーム』の脚本家たち(要するにナンシー・マイヤーズとチャールズ・シャイア)がいかにこのストーリーを「無害」にしたかがよくわかる。実際、この『罠にかかったパパとママ』は、かなりいじわるで辛辣な要素と性的なニュアンスを持った作品で、それだけにシチュエーション・コメディとしての効果も高まっているのだ。

 両者の間の一番の違いは、父親と母親が離婚して別々に住んでいるという状況に、どれほどの「不幸」のニュアンスを与えるかという点にある。1961年当時のアメリカでは、まだ離婚はそれほど一般的でなかった(映画の中でヘイリー・ミルズに離婚が増えつつあるというセリフを言わせているが)。そして、そういう離婚家庭は不幸であると述べてもそれほどpolitically incorrectではなかった。一方、『ファミリー・ゲーム』の1998年には、離婚家庭は一般化しており、これに一方的な「不幸」のラベルを貼るのは問題である。そのため、両親がなぜ離婚したのかをはっきりとさせることができず、また離婚した後も両方の家庭が幸せに営まれているという設定にせざるをえなかった。だから、双子の娘たちの「父親と母親の縁を取り持たなくてはならない」という切迫性も薄れており、父親と母親が再び一緒になる動機も曖昧になっている。

 一方、この『罠にかかったパパとママ』では、モーリン・オハラの存在ゆえにこうした要素がすべて明確になっている。実際、この映画は、ヘイリー・ミルズという天才子役の映画であることはもちろんだが、実は(父親役のブライアン・キースよりも格上の)モーリン・オハラの主演映画であると言ってもいいようなもので、キャリアの最終期に入っていたとはいえ(当時41歳)、色気を強調する場面をふんだんに与えられている。つまりこのストーリーは、離婚した結果、あまり幸せには過ごしていないモーリン・オハラが、双子の協力を得ながら、年増の魅力を振りまいてブライアン・キースの心を再び射止めるという話なのだ。これで『ファミリー・ゲーム』を見たときに抱いたさまざまな疑問が一気に氷解した。父親とその若い恋人の仲を割くという陰謀は、実はそうとうに悪意のこもったものだったのだ。

 それでコメディとしては面白くなっているのだが、『ファミリー・ゲーム』のようには泣けないというわけ。で、私は、脚本上の齟齬を作り出しながらも、ああいう泣ける映画を作れてしまったナンシー・マイヤーズの力業に改めて感動したのだった。とりわけ、それまで自分が知らなかった、またずっと会いたいと思っていた父親/母親に会えたことの喜びをじっくりと描き、その勢いで、双子がどうしても両親を一緒にしなくてはならないと思ったということに説得力を持たせてしまった点が凄いと思う。この『罠にかかったパパとママ』では、その説得力はモーリン・オハラの方が担当しているので、双子と両親の間のインタラクションはずっと地味である。

2000/7/1

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