若草物語

Little Women

Gillian Armstrong / Winona Ryder,Gabriel Byrne,Trini Alvarado,Samantha Mathis,Kirsten Dunst,Claire Danes,Christian Bale,Eric Stoltz,Susan Sarandon / 1994

★★★★

問題含みだが、楽しめた

 監督のジリアン・アームストロングはオーストラリア出身。1979年の『わが青春の輝き』、1984年の『燃えつきるまで』などが日本では知られている。ルイザ・メイ・オルコットの『若草物語』の映画化はすでに4回は行われている。1917年のアレクサンダー・バトラー監督作品(未見)、1918年のハーリー・ノールズ監督作品(未見)、1933年のジョージ・キューカー監督作品(一番有名か。Joはキャサリン・ヘップバーン、Amyがジョーン・ベネット、Bethがジーン・パーカー、Megがフランセス・ディー)、1949年のマーヴィン・ルロイ監督作品(Joはジューン・アリソン、Amyがエリザベス・テイラー、Bethがマーガレット・オブライエン、Megがジャネット・リー)。その他にTVムービーとしても何度か作られている。忘れてはならない1964年の森永健次郎監督の日活映画『若草物語』(芦川いづみ、浅丘ルリ子、吉永小百合、和泉雅子)もあるが、これは4人姉妹であるということを除けばオルコットの原作とはまったく関係ない映画で、内容もつまらない(森永健次郎は全般的にダメ)が、いずれかの女優のファンならば一見の価値はある。

 それはともかく。ジョージ・キューカーやマーヴィン・ルロイと比較するのは酷というものだし、役者の格ということでいえばルロイ版の4人はいまとなっては「凄い」んだが(この時点ではマーガレット・オブライアンの方がエリザベス・テイラーやジャネット・リーよりも格上だった。ジューン・アリソンは文句なしに看板を背負っていた)、この映画はかなり楽しめた。いくつかの問題はある。ストーリーのアダプテーションがいくぶん現代的に過ぎると思われる箇所があったということと、話の進行の仕方が超訳のシドニー・シェルダンみたいに腑抜けていたこと。ウィノナ・ライダーがどうしてもJoに適しているとは思えなかったこと(これは結構致命的である)。Joの相手役のガブリエル・バーン(『エンド・オブ・デイズ』)が、どうしても魅力的でなかったこと。一方、これらを補っているのが、現代的な映画製作技法(時代の雰囲気の出し方、しっかりとした映像)、そして役者たちの魅力だった。

 Megを演じるのはトリニ・アルヴァラード(『ポーリー』の大人になった飼い主。『さまよう魂たち』(1996)のヒロインなど)。幼いAmyを演じるのは、カースティン・ダンスト(『スモール・ソルジャーズ』『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』)、成長したAmyを演じるのはサマンサ・マシス(『ブロークン・アロー』など)、Bethを演じるのはクレア・デインズ(『ブロークダウン・パレス』『モッド・スクワッド』)。この全員がきわめて良いのである。特にクレア・デインズはこの映画が事実上のデビュー作で、公開時点でまだ15歳なのだが、その後の活躍が納得できる魅力。

 いずれも超美人といったタイプではなく(少なくともそういう役作りをしていない)、19世紀アメリカの、ちょっとだけ進歩的だが落ち着いた家庭の娘たちとして描かれている。そして奇妙なことに、あまり美しくはないが知性的で冒険的であるというキャラクターであるはずのJoを演じるウィノナ・ライダーが一人だけ美人タイプなのだ。原作の小説を喜んで読み、キューカー版とルロイ版にも熱狂した中学生であった私としては、どうしても納得できない構造である。

 その他、Laurie役にクリスチャン・ベイル、家庭教師役にエリック・ストルツ、母親役にスーザン・サランドン。

 なお、「若草物語」という邦題を誰が思いついたのか知らないが、結果として現代日本語の語彙に大きな痕跡を残したことになる。たとえば「ああ無情」が「レ・ミゼラブル」になろうとも、「小公女」が「リトル・プリンセス」になろうとも、「若草物語」が「リトル・ウイメン」になるとはなかなか考えにくい。「若草」はもともと若い女性を表す古い言葉で適訳なのだが、「草」という言葉は英語ではあまりポジティブなイメージはなさそうだ(grassとかweedとか)。

DVDメモ。日本版。

特典はなにもなし。

2000/11/9

IMDBの該当ページへ

検索ページへ 目次へ 前へ 次へ