2番目に幸せなこと

Next Best Thing,The

John Schlesinger / Rupert Everett,Madonna,Lynn Redgrave / 2000

★★

訳のわからない映画

 ジョン・シュレシンジャー監督作品。この人は実質的に70年代で終わっていたのかもしれない、とフィルモグラフィーを見て思った。まあ『パシフィック・ハイツ』(1990)とか『サンタリア・魔界怨霊』(1987)などは嫌いではなかったが。

 同性愛者のルパート・エヴェレットと異性愛者のマドンナは親友同士だったが、酒の上で過ちを犯し、マドンナが妊娠してしまう。このため2人は同居して子供を育てるのだが、マドンナに男の恋人ができた時点で破局が訪れる。「社会派監督」が好みそうな、コンテンポラリーな話ではある。いままで見たことのない新鮮なストーリーだと思ったのだが、見終った後に冷静に考えてみると、これは「黒人の乳母が、子供が成長した時点で解雇される」というパターンと同型だった。

 やはり同性愛の男性を主人公とする『イン&アウト』と似て、どうにも納得しがたい映画になっていた。PCを配慮せざるをえないために、細かいところでうまくコントロールができなくなっているのだと思われる。この映画の一番の問題は、ルパート・エヴェレットの側に落ち度がまったくないように見えるところだ。彼が子供の父親として行った「不適切な行為」は、法廷シーンからもわかるように、自分のセクシュアリティに沿った交際を家庭の外で行ったということぐらいしかない。しかしこれは、この映画の成り立ち上、まったく正当な、いやむしろ積極的に肯定されるべき行いである。このため、この映画のルパート・エヴェレットは一方的な被害者に見え、マドンナは自己中心的な女に見える。そしてルパート・エヴェレットが裁判の進行中に起こす行動は、彼の側にいくばくかの悪事を働かせるための脚本上の微調整にしか見えなくなる。

 この映画が最終的に伝えるメッセージは、「諦めろ」というものだ。そのような悲劇として作られているのならまだわかる(たとえば、社会的弱者であるシングル・マザーと同性愛者が互いに苛み合い、男性の同性愛者の方がより弱かった、というような)。しかしエンディング付近の映画的文法は、これがハッピー・エンディングであることを示唆しているので、恐ろしいほどの違和感があった。

 ルパート・エヴェレットはセンシティブな同性愛者というステレオタイプを見事に演じていて魅力的だ。しかしまさにそのせいで、相手側のマドンナのがさつさと鈍感さが強調されるというきわめて厄介な問題が生じていた。おそらく、現代的なインディペンデントな女性像というコンセプトがあったのだと思うが、ストーリーの終盤はそのような女性像をも打ち消すような方向に進むため、事態はいっそう悪化する。そしてマドンナに明示的にそのような性質(がさつで鈍感で反動的)を持つ女性を演じさせることは、映画の製作事情からして不可能なのだろう。この映画を救うためには、エヴェレットの相手役に、彼と同じほど美しくセンシティブでありながら、「女の性」を宿命的に持ち合わせていて、恋人ができたときの変化をうまく演じられる女優を持ってくるしかないと思う。結局、マドンナにはちょっと高度すぎたということだ。だいたいこの映画では、若き投資銀行家を演じるマイケル・ヴァータンがマドンナと恋に落ちるということに説得力がまったく感じられない。

2001/1/7

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