アンナと王様

Anna and the King

Andy Tennant / Jodie Foster,Chow Yun-fat,Bai Ling / 1999

うーむここまで来てこんな映画をリメイクするか

 監督のアンディ・テナントは『エバー・アフター』の人。『アンナとシャム王』"Anna and the King of Siam" (1946)と『王様と私』"The King and I" (1956)の元になった話の再々映画化ということになる。レックス・ハリソンとユル・ブリンナーが演じていたシャム国王の役が、かろうじてアジア人のチョウ・ユンファによって演じられているという程度の「進歩性」を備えた勘違い映画。というよりも、この話をいまさら映画にしようとすることがそもそもの間違いだと思う。なお、タイが拒否したので、撮影はマレーシアで行われた。タイでは上映も禁止されている、タイ人にとっての「国辱映画」である。

 英国人家庭教師を演じるのはジョディ・フォスター。高慢で愚かな英国人女性にはぴったりだが、色気がないので、なぜチョウ・ユンファが彼女に好意を抱いたのかがわかりにくくなっている。なお、悲恋に身を捧げる女性をバイ・リンが演じている。この映画、登場人物はそこそこタイ語を喋る。私はタイ語を解さないのでわからないのだが、この映画ではエキストラにマレーシア人が多く使われており、全般的に発音が悲惨らしい。みんな妙にゆっくり喋ってるし。

 映画の始めの頃に、ジョディ・フォスターがインドが大英帝国の一部であるという発言をして、インド人の召し使い夫婦がぎくっとするというショットがあって、そういう路線での「再解釈」をするのかと思ったら、そういうことは一切なかったのがかえって後味を悪くしていた。

 なおこれは蛇足だが、ちょっとした高校レベルの世界史を。この時期、英国では独身女性が住み込みの家庭教師(ガヴァネスと呼ばれる)となるケースは少なくなかった。教育を受けた、しかし資産がない独身女性の数少ない生活手段の1つだったのである。そして教育を受けており、資産がある独身女性の選ぶ道の1つとして、外国(特にアフリカ)へのキリスト教的博愛主義の動機に基づいた遠征があった。この映画で描かれるアナ・レノーウェンスのシャム国への赴任は、この2つのパターンの組み合わせである。注意すべきなのは、これらの人々の活動は善意に基づいたものであったにせよ、1) 自国の大英帝国で、女性の活動の場が限られていたことの結果であること、2) 結果としてキリスト教博愛主義と西欧の帝国主義の手先となるケースが多かったこと、3) 彼女らは英国人からははみ出しものと見なされていたが、海外においては大英帝国の文化の擁護者であったこと、などである。この映画で、ジョディ・フォスターはシャムの人々に対していろんな説教をするけれども、往々にしてそれらは自国の英国やヨーロッパ諸国とその植民地でも実現されてはいなかったきわめて「先進的」なアイデアである。それどころか、この時期は東南アジアの植民地を巡るヨーロッパ諸国の間の争いの絶頂期だった。

 チョウ・ユンファは、ハリウッド映画で初めてシリアスな役を演じて注目されたが、これまでの香港映画を見ている人にとってはそんなに目新しいものではないだろう。というか個人的には、チョウ・ユンファは体の動きが鈍いので、アクション映画でない方がずっと映えると思っている。しかしまあ、たとえば明治天皇を中国人が演じている映画を想像すればわかるように、やっぱりこの映画は最初から無理だったとしか言いようがない。

2001/1/17

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