コヨーテ・アグリー

Coyote Ugly

David McNally / Piper Perabo,Adam Garcia,Maria Bello,Izabella Miko,John Goodman / 2000

★★★

なぜか許容範囲

 監督のデヴィッド・マクナリーはこれがデビュー作のようだ。ジェリー・ブラッカイマー製作の音楽出世もの。

 『60セカンズ』の項に書いたように、私はジェリー・ブラッカイマー製作の映画のほとんどが心の底から嫌いなのだが、この映画はなぜか許容範囲だった。ガードが甘すぎるからかもしれない。特に、ストーリーの起伏に合わせて表情を変えることができないらしい主役のパイパー・ペラーボが、『ジョー・ブラックをよろしく』のクレア・フォラーニと似た感じの異物感を発散していた。ゲテモノ趣味と言われても仕方がないが、こういう異様な感じも好みの1つなのである。

 それにしてもこの映画、詰めが甘い。出世を夢見てニュージャージーからニューヨークに出てきたパイパー・ベラーボは、舞台恐怖症のせいで歌うことができない。金がなくなって、マリア・ベロが経営する「コヨーテ・アグリー」というバーで働くようになる。そしてオーストラリア出身のアダム・ガルシアと付き合い始める。この3つの要素が論理的なレベルでまったく噛み合っていないのである。たとえばバーで働いたせいで舞台恐怖症が治るのかというと(見ている間は絶対そうなんだと思ったんだが)そうではない。ソングライターになるという夢と「コヨーテ・アグリー」が両立しない、という理由は論理的レベルで存在しない。これを解決するために、アダム・ガルシアがバーで乱闘を繰り広げるという触媒を持ってくるのだが、いったんこの3つの要素が並立不可能になった後での和解と融合は、論理的な布石まったくなしに「単にそうなった」としか言えないようなものである。

 「コヨーテ・アグリー」の女性従業員たちが踊るダンスは、ブラッカイマー製作の『フラッシュダンス』(1983)を起源の1つとする興醒めなカット割りのせいで効果なし。アイリッシュ・ダンスを踊るシーンの脚のカットは代役だと思うが、そのことも『フラッシュダンス』を思い出させて気持ち悪かった。ちなみに『フラッシュダンス』は、ダンサーの出世物語を描く映画の中で、そのミソであるところの踊りのシーンに代役を起用するという天罰が下りそうな試みを行った映画である。もちろんそれを可能にしたのは、ボディーパーツを大写しにした細切れ映像をつなぎ合わせるという、いまやミュージック・ビデオでは当たり前になった手法なのだが、私が『フラッシュダンス』を初めて見たときにはまだ珍しく、50年代ミュージカルのファンとしてはこの世の終わりかと思ったことだった。

 田舎で上京した娘を思う父親のジョン・グッドマンが凄く良い。コヨーテの1人のブロンド女性イザベラ・ミコは1981年生まれのポーランド人だ。今後注目。

2001/10/10

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