ウォリアーズ/インポッシブル・ミッション 

Warriors

Peter Kosminsky / Matthew MacFadyen,Cal Macaninch / 1999

★★★

複雑な感想

 監督のピーター・コズミンスキーは『嵐が丘』(1992)の人。本作はBBCで製作されたTVムービー。

 ボスニア紛争時に国連の平和維持活動の一環として派遣された英軍の人々の苦悩を描く。この映画は実に評価が難しい。『ウェルカム・トゥ・サラエボ』と同様に、ムスリムは善でセルビア人は悪という単純な欧米先進国のメインストリームの価値観に則って作られた映画であることは間違いない。しかし、現実にあの場に派遣された軍人たちが、実際にこの映画に描かれているような体験をしたであろうことはたしかだろうし、彼らの視点から見ればこれは真実を掬い取った映画なのだろうと思う。ところがそういうものとして見た場合、この映画はあまり出来がよくない。『ウェルカム・トゥ・サラエボ』のように小器用な映画ではないのである。でも、そのことがかえって好印象を与えていたりもして、複雑なのだ。

 本作の英軍兵士のジレンマは、湾岸戦争終結時の米軍兵士が陥ったジレンマを描いた『スリー・キングス』と同じものである。つまり、兵士が戦場にいて、目の前で悪が行われているのに、それに介入できないという不条理。この不条理を喜劇として仕立てた『スリー・キングス』はクレバーだったと改めて思う。

 不条理な状況を喜劇として描くことには、観客をその状況から一歩退かせるという効果がある。一方、本作のようにこの不条理な状況を単一の視点からシリアスに描くと、単なるプロパガンダになりがちである。本作が伝えるメッセージは、「国連ではなくNATOを中心とした多国籍軍が、ユーゴスラヴィア紛争に早めに介入して、中立的な立場ではなくムスリム側に身を置いて戦争を行うべきだった」というもので、観客はその考え方に共感するか、反感を抱くかのどちらかとなる。『スリー・キングス』の場合は、これに「なんでアメリカ人がこんなところに来なくちゃならないのか」という感想が加わる余地があり、これはある意味でベトナム戦争と数々のベトナム戦争映画を経験したアメリカの知的余裕を反映していると言える。ヨーロッパ人にとっては、ユーゴスラヴィア紛争は第一次大戦以来の不条理だったのかもしれない。

 これは物凄く皮肉なことだけれども、仮にこの映画に描かれている英陸軍の兵士たちが、平和維持活動ではなく、対セルビア人の本格的な戦争に投入されていたら、「善きセルビア人」が脚本の中に現われてくる可能性があった。しかし、国連軍はムスリムの身を守るためにしか出動しないので、彼らの目に写るのは必然的に「悪いセルビア人」ばかりとなる。また、自らの防衛のためにしか戦闘を許されていないため、「善きセルビア人を殺してしまった」というプロットが入り込む余地はなくなる。そしておそらく、このような偏りは映画製作上の恣意的な選択ではなく、現実にこの映画に描かれているような英陸軍の兵士たち(の多く)が体験したことなので、仕方がないのである。

 アメリカ英語を流暢に喋る白人が、ヨーロッパの辺境で無意味に死んでいっているのが悲しいという心情から、草食の恐竜と哺乳類が英語を喋り、肉食の恐竜は吠えるディズニー映画『ダイナソー』を連想した。

 この映画メモでは、ユーゴスラヴィア紛争を扱った映画として、『ウェルカム・トゥ・サラエボ』の他に『フォーリン・フィールズ』『セイヴィア』、そしてちょっとずれるが『アンダーグラウンド』を取り上げている。

2002/1/17

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