恋は負けない

Loser

Amy Heckerling / Jason Biggs,Mena Suvari,Zak Orth,Greg Kinnear,Dan Aykroyd / 2000

★★★★

完璧ではないが輝いている

 エイミー・ヘッカリング(『クルーレス』)の監督・脚本作品。ジェイソン・ビッグス(『アメリカン・パイ』)とミーナ・スヴァーリが主演するロマンティック・コメディ。

 たまたま『ブリジット・ジョーンズの日記』『恋する遺伝子』、そして本作と、イヤなハンサム男にお熱の女性を端で見て苦しむ不器用な男、という三角関係を描いたロマンティック・コメディを3本続けて見た(というか、わざと選んだのだが)。この中では本作が一番良かったのだが、なぜこれが良かったのかと考えると、ロマンティック・コメディをいかに作ればいいかがわかるという仕掛けだ。

 第1に、本作では、最後に結ばれる運命にあるジェイソン・ビッグスとミーナ・スヴァーリが意気投合して楽しむ場面が早い段階で提示される。2人がニューヨークの街で安上がりな冒険をするシーンは本当に楽しそうで、観客にこの2人が結ばれて欲しいと願わせるだけの力がある。一方、『ブリジット・ジョーンズの日記』と『恋する遺伝子』では、最初に対立があって最後に和解するというストーリーの組み立てなので、いい男(コリン・ファースとヒュー・ジャックマン)の良さを十分に見せることができていないだけでなく、2人が一緒に心地よい時間を過ごす場面を出すのが遅くなっている。そりゃロマンティック・コメディなんだから観客は2人が最期に結ばれることを承知しているわけだが、2人が結ばれるに足る理由を早めに見せておけば、それだけ2人を隔てる障害のもたらすサスペンスが強くなるのだ。

 第2に、『ブリジット・ジョーンズの日記』と『恋する遺伝子』では、イヤな男(ヒュー・グラントとグレッグ・キニア)が本当はイヤな男だったということが途中で判明するサスペンス仕立てになっている。一方、本作のイヤな男(やはりグレッグ・キニア)は最初からイヤな男として登場する。つまり、本作では、ミーナ・スヴァーリは最初から観客にも劇中の彼女にもイヤな男であることが明確になっている男に恋をしているのである。したがって、ミーナ・スヴァーリが最後にジェイソン・ビッグスを選ぶのは、グレッグ・キニアがイヤな男であることが途中で判明したからでは“なく”、ジェイソン・ビッグスの方がいい男だとわかったからである。一方、『ブリジット・ジョーンズの日記』と『恋する遺伝子』のいい男であるコリン・ファースとヒュー・ジャックマンは、どうしても消去法で残った男という印象がつきまとう。

 第3に、本作のミーナ・スヴァーリには自意識がない。彼女は学費を払うためにいろいろと苦労しているという設定ではあるものの、基本的には人生について深く悩んだりしていない木偶の坊である。一方、『ブリジット・ジョーンズの日記』と『恋する遺伝子』はどちらも30歳前後のキャリア・ウーマンの自意識がテーマの軸となっている。何も女は頭が空っぽな人間として描くのが一番良いと主張したいわけではない。ただ、男2人に女1人という三角関係を描く場合、その女の自意識がテーマになっていると、男2人のうちのどちらかを選ぶかという話がかなり冷徹なものになってロマンティック・コメディになりにくいのだ。女性に自意識を持たせたいならば、男1人と女2人という三角関係を導入するべきだった。本作では、自意識を持つのはジェイソン・ビッグスのみである。ちなみに『ブリジット・ジョーンズの日記』のコリン・ファースと『恋する遺伝子』のヒュー・ジャックマンは本作のミーナ・スヴァーリと同じぐらい空っぽである。

 本作はあちこちに綻びの見られる、決して完璧とは言えない映画だ。そのことがかえって、上に述べたような基本的な事柄を押さえ、何よりも主人公たちを普通に魅力的に撮れば、標準以上のロマンティック・コメディになりうることを証明している。すでに述べた主人公2人が遊ぶシーン、ミーナ・スヴァーリが駅で夜更かしするシーン、ミーナ・スヴァーリとグレッグ・キニアの何度かの言い争いなどは強く印象に残る名場面である。

 なお、原題の"Loser"についてだが、DVD収録の予告編では、ジェイソン・ビッグスとミーナ・スヴァーリの両方を"Loser"としていた。ミーナ・スヴァーリは『キャリー2』で、ブスな主人公とつるんでいるブス女の役を演じており、いちおうコンセンサスとして普通の意味で美人ではないということになっているようだ。

2002/4/25

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