セイブ・ザ・ラストダンス

Save the Last Dance

Thomas Carter / Julia Stiles,Sean Patrick Thomas,Kerry Washington,Fredro Starr / 2001

根本的にダメなダンス映画

 監督のトーマス・カーターは、思い出したくない『ネゴシエーター』(1997)(エディ・マーフィー主演の"Metro")の人。

 クラシカルなバレエを踊るジュリア・スタイルズと、ヒップホップ/ブラック・カルチャーのショーン・パトリック・トーマスの、異人種間恋愛もの/ダンス慧眼もの。不毛の1980年代ミュージカルの中で輝いていた『ブレイクダンス』(1984)と、それほどは輝いていなかった『ブレイクダンス2/ブーガルビートでT.K.O!』(1984)と同じモチーフだ。かつての「ブレイクダンス」はいまでは「オールドスクール」と呼ばれるようになり、いまの主流のヒップホップは、哀しいかな、素人でも踊れる体揺らしダンスになってしまった。文化は必ずしも進歩しない。こともあろうにダンス映画の主役にダンスを踊れない主役2人を据えているという本作のあり方は、この命題の最新の証拠である。

 踊れない人を主役に据えたダンス映画『フラッシュダンス』(1983)を見たときにはそうとう驚いたものだ。それまでのミュージカル映画の伝統では、歌えない人を主役に据えた吹き替えのミュージカルは存在していたものの、踊れない人に関しては、1) 踊らせないか、2) そんな人でも踊れるダンスを振り付けるかのどちらかが行われていた。しかし『フラッシュダンス』は、1) 照明を暗くする、2) 踊っているときに顔を見せない、3) カットを細かく割って手足や顔などの部品のショットを挿入する、などのテクニックを使って、踊れない役者が踊れるダンサーの役を主役として演じる映画というものを実現してしまった。それ以来の文明の凋落の激しさは周知のとおりである。

 「擬似本番のポルノはつまらない」みたいな無粋なことを言っているように聞こえるかもしれない。たしかにそうなのかもしれないが、これは私にはどうしても譲れない一線である。映画の中で、「それがいいダンスである」という設定を使うならば、ちゃんといいダンスを見せろ、と。

 ストーリーは、白人女ならばブスでもOK、という話。ショーン・パトリック・トーマスの幼なじみのギャングを演じるフレドロ・スターがかっこいい。

2002/9/30

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