ドメスティック・フィアー

Domestic Disturbance

Harold Becker / John Travolta,James Lashly,Rebecca Tilney,Vince Vaughn,Steve Buscemi / 2001

★★

脚本がだめ

 ハロルド・ベッカー製作・監督作品(『マーキュリー・ライジング』)。

 ジョン・トラヴォルタはテリー・ポロ(『ミート・ザ・ペアレンツ』)と離婚しており、息子のマシュ・オリアリーの養育権は妻の方にあるものの、父親との絆は依然として強い。母親は町の外からやってきた実業家ヴィンス・ヴォーンと再婚することになったが、息子はそれがどうも気に食わない。ある日、彼は継父が殺人を犯す現場を目撃してしまい、実の父親以外は誰も信じてくれないという窮地に追い込まれる。

 『マーキュリー・ライジング』のときも思ったのだが、このハロルド・ベッカーという人はストーリーテリングという概念と無縁である。本作は脚本レベルですでにひどいのだが、それを誤魔化そうとする努力も行っていない。本作の警察は「映画に描かれた最も無能な警察」ランキングで、母親は「息子との意思の疎通が最もできていない母親」ランキングで、父親は「いざというときに適切な行動を取れない男」ランキングで上位入賞することは間違いないだろう。

 こんなことになってしまっているのは、たぶん本作が、ジョン・トラヴォルタとテリー・ポロとマシュー・オリアリーを善人に、ヴィンス・ヴォーンを悪人に描くという大前提から始まっているせいである。そのため、ヴィンス・ヴォーンは映画が始まってまだ何もしていないうちからまごうことない悪人に見え、その正体を見抜けないテリー・ポロがとんでもない間抜けな女に見える。ジョン・トラヴォルタとマシュー・オリアリーが何となくいけすかない奴として彼を拒絶していることもその印象を強化する。

 息子が殺人を目撃した後のそれぞれの反応も危なっかしい。彼は日頃から嘘をつく問題児という設定になっているのだが、映画の中でそのようなエピソードはほとんど描かれず、ごく普通の清潔感のある少年として存在している。だから、「継父が殺人を犯した」という告発を行った息子を頭ごなしにしかりつける母親は、ほとんど幼児虐待をやっているように見える。また、父親と息子の間の絆を理想的なものとして描いてしまったために、父親がそんな継父のもとに息子を返すことがとんでもなく無責任に見える。

 いずれも、設定をちょっと変えるだけでそれほど不自然ではなくなるはずだ。たとえば、少年をほんとうに粗雑な問題児として描く、あるいは母親をほんとうに色ボケした中年女として描く、または父親をアル中かなんかに設定して(劇中では過去に問題を抱えていたという示唆がなされる)、もっと責任のとれない人間として描くなど。それからヴィンス・ヴォーンは、グレッグ・キニア(『ギフト』に換えろとは言わないが、少なくとも正体を現すまではもうちょっと穏やかであっていてほしかった。スティーヴ・ブシェミが、サングラスをかけた状態でも、相対的に気のいい奴に見えてしまっている。

 一方、警察の無能さは、救済不可能である。

2002/11/8

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